想いを言葉にかえられなくても《放課後の音楽室》-11
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イチコの自宅は県外で学校の近くにアパートを借りて暮らしていた。愛車のカワサキを押しながらアパートまで歩いた。他愛ないお喋り。イチコの部屋に上がる決意は出来ていた。
「えっと…まぁ入って!どぞどぞ」
「お邪魔します…」
イチコの部屋はワンルームでロフト付だった。室内はシンプルで、縫いぐるみがあちこちに在るのがイチコらしい。やっぱりメルヘンだ。
「あ…コーヒーにする?そういえばオレンジジュースもあったっけ」
「イチコ」
「…飲まないの?」
首を横に振り要らない事を示す。イチコは緊張した面持ちで床に腰を下ろした。
「イチコ。俺…」
「好き…なの」
「…」
「キョースケの友達じゃ嫌…」
「…。」
「恋人になりたい」
ハッキリ言うイチコは勇敢だった。俺より大人びて見えた。…正直、羨ましかった。何も言い返せない俺は、イチコに抱き付かれても動けなかった。
腕や身体の細さ、漂う匂い…どれをとっても比べてしまう自分がいる。「………抱いて……」
か細い声。いつもの剣幕が嘘の様だ。イチコの言いたい事、思ってる事…全てが俺とだぶっていて痛い程よく解る。
このまま都合の良い方に流れる…そういう選択も可能……か。
ギュッとイチコを抱き締める。
「いいよ…しよ?」
それでもキツく抱き締める。
「キョースケ、抱いてよぉ」
力を込めたまま動かない。
「嫌…こんなのヤダ。キョースケぇ……」
「………ごめん。俺好きな奴がいるんだ。…イチコのほうが楽だからって傾きたいのは山々だけど、不器用だからさ…俺。」
身体を離す。イチコは顔を伏せて…泣いている様だ。俺はいつものように、わしわしと撫でながら話す。
「ありがとな。…俺さ、イチコと同じなんだ。好きで、本当に好きで。それだけじゃ我慢が出来なくて…形が欲しかった。恋人だと語れる、形が。……俺も特別になりたかったんだ」
いつの間にか涙の止まったイチコが俺を見上げていた。
「泣いてもいいよ?」
俺の頭をさわさわと撫でる。暖かくて…優しくて。不覚ながら全てが……にじんで見えなくなった。
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あれから一週間。イチコとは今まで以上に仲良くなった。特別な友達として。千鶴とは…歯車がずれてしまってから一度も視線が合わない。話をする事も出来ず仲直りのしようも無い。出るのは溜息ばかり。
「恭介〜っ。暗いぞぉ?」
「陸、今はお前の脳天気さが…無性に腹立つー!」
「ぐぇっ!ぎぶ、ぎぶッ!!」
陸と遊んでもつまらない…まぁ、陸なりに元気付けてくれているのだろうが。
「はぁ」
授業中、サボって寝ていたら…夢に現れた。あの柔らかい髪の毛、甘い唇、たわわな胸…。目が覚めると愚息が反応していた。心も身体も、脳味噌までもが千鶴を恋しがっている。たかが一週間。だけど、好きあっていた2年間より長く感じたのは何故だろう。
この所、毎日あのサヨナラの場所で待って居る。駐輪場でエンジンを暖めながら、今日こそは話をしようと待って居る。だけど千鶴は駐車場を変えたみたいで、待っても前を通る事は無かった。
だけど待つ。馬鹿みたいに待つ。そして待っても来ない時は彼女のアパートの前を通る。電気が付いていると安心する。今はそれだけでもいい。
本当、馬鹿みたいだ。ストーカーに転職した方が良いんじゃないかってくらい。あぁ…今夜は月が綺麗だ。