風船、風鈴、蝉時雨-5
「まだ眠てぇ…」
大きく欠伸をしながら窓ガラスの開いていない方に上半身を預け、顔の正面から夏ならではの生ぬるくて弱々しい風を感じながら俺は目を閉じた。
今瞳を閉じたら、多分もう開く事はない。
そう直感した。
それでもいい。
…言い残した事はないから…。
バイバイ、父さん母さん、クラスの奴等、そして鈴音。
流れる風に吹かれる風鈴の音と、鳴り止まないセミの声を耳で感じながら。
それが、最期に聴いた音だった。
孝宏は窓に寄りかかってまた眠っていた。
いや、眠っているだけだと信じたかった。
「ねぇ、お茶持ってきたよ…。暑いからってさ…そんなカッコで寝たら風邪ひくよバカ…」
涙がボロボロとこぼれ落ちる。
何を言っても孝宏はもう動かなかった。
あっけなかった。
どうしてこんなにも、と誰かに尋ねたくなるぐらいあっけなく、一瞬の出来事。
信じたくない。
信じない。
信じられない…。
それなのに、心はこうも簡単に孝宏の死を受け入れてしまうモノなんだ。
テレビの前に置いてあった、彼のシルバーリングを手に取り、自分のものと一緒にネックレスのチェーンに通し、首にぶら下げた。
――孝宏、ずっと一緒だよ。
「鈴音ちゃん、これ…」
孝宏が、俺が死んだら鈴音に渡せ、って。
おばさんはそう言い、あたしはオフホワイトの三つ折りにたたまれた紙を受け取った。
その紙は、孝宏の字で書かれたあたしへの手紙だった。