〈猛る瞳と擬態する者達〉-8
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「や、八代さん…!!」
八代は車から降り、あの事務所の前に立っていた。
いつもと変わらぬ、厳つい顔で麻里子に振り向いた。
『もうすぐ警官達が駆け付けるはずだ。あいつら、あの船の中に逃げ込みやがって……』
麻里子が事務所の中を覗くと、中はもぬけの殻。
パソコンも起動したままで、慌てて逃げ出したようだ。
『警視総監から、発砲許可も降りてる。ピストルは持ってきてるか?』
慌てて飛び出したのは麻里子も同じだった。
自宅にピストルを持ち帰れるはずは無く、警察手帳すら持っていない。
だが、憎き犯人達を追い詰めた今、そんな事は麻里子の意識から飛んでしまっていた。
「……そんなの必要無いわ……早く捕まえて二人の居場所を吐かせるだけよ!」
麻里子はいきなり駆け出し、貨物船のタラップを駆け上がっていった。
後ろには八代が居るし、もうすぐ警官達も大勢駆け付けてくるのだ。
勝利を確信した麻里子は、勇んでタラップを上りきると、甲板にいた金髪男に突進していった。
「美津紀を返せぇ!!!」
その悲鳴にも似た叫びは金髪男を振り向かせ、二人の視線は交錯した……麻里子の瞳は怒りに燃え、ネコ科の猛獣のような冷たさに満ち、一切の弁明すら許さぬ威厳すら放っていた……そのギラギラと輝く開かれた目に、その瞳以上に冷たい輝きを放つ物体が映り込んできた……。
『お姉ちゃん、お疲れ様でした〜』
「!!!!」
金髪の専務が握っているのは、黒光りする凶器……よく見た事のあるソレは、警官の使用する拳銃だった。
『文乃っていう奴が俺にくれてよ。まあ…今ありがたく使わせて貰ったってワケよぉ』
「ふ…文乃の……?」
顔は笑っているが、その目は笑ってはいない……専務のガラス玉のような感情の見えない瞳は、本当に引き金を引くと思わせる危うさに光る……麻里子は前傾姿勢で身構えたまま、動く事が出来なくなってしまった。
「馬鹿ね…もうすぐ大勢の警官が来るのよ?大人しく拳銃を渡しなさい!!」
専務の冷たい笑顔は微動だにしない……それに、もう八代がタラップを上がって来てもおかしくないくらいに時間は経過しているのに、その様子が全くない……二人が睨みあったまま、数秒が過ぎた……。