〈猛る瞳と擬態する者達〉-14
「……この私に……こんなッ……」
ここまでされても、まだ麻里子の涙は零れなかった……たかが排泄行為を見られただけで、美津紀や文乃の受けた屈辱に比べたら……瞳に宿る炎はいささかも曇らず、相変わらずの勝ち気な顔立ちは崩れてはいなかった。
『へぇー、さすがはお姉ちゃん。情けない妹とは違うなあ』
専務は麻里子の目の前にしゃがむと、さっき突進してきた時と変わらぬ表情をしている麻里子の顔を見て、口元を緩ませた。
『向こうに着いてからも楽しませてくれよな?文乃みたいに直ぐに便器になったり、美津紀みたいに泣き虫になったりしないようにな』
専務達は凌辱されて動かない少女を檻に押し込めると、その部屋から出ていった。
麻里子は少し腰を浮かせ、自分の後方を見た。
新しいボールが置かれ、その周囲には先程の排泄の跡の飛沫が散らばっていた。
「わ…私……私が……」
麻里子は手枷で繋がれた手首に額を当て、静かに泣いた……。
文乃の得た情報は、八代からもたらされた物。
そしてこの貨物船に乗り込み、異国の地まで連れていかれたのだ。
八代があおい失踪事件を解明しようとしたのではなく、最初から仕組んだのだと麻里子にははっきりと分かった。
何故、夏帆は一人でビルに潜入し、凌辱されたのか?
何故、その後にも一人で復讐に向かったのか?
あおいも、きっと八代からの情報を信じ、一人で立ち向かう羽目に陥ったのだろう。
……そういえば、真希も芽衣も逮捕術は強くなく、誰にも守られる事なく取り残された形で拉致されて消えた……この今の状況は、数年前に近い……。
(アイツを信じた私が…私が馬鹿だった……)
八代を信じ、祖父が守秘義務だと言った事までもバラしてしまったのは、完全なる失態。
瑠璃子と春奈は《事件》の事を知らないし、何も理解していないままに八代の毒牙に掛かる可能性は非常に高い。
ゴロゴロと錨の巻き上げられる音が聞こえ、エンジンは唸りをあげる……ゆらりと動いた船を止める手立てなど、檻の中の住人には有ろうはずもない。
「瑠璃子……春奈ぁ…!!」
真犯人まで突き止めたというのに、それを伝える手段も無い。
二人の妹を守る為に奔走した長女の努力は、全て水泡に帰した………。
《終》