閑話−不戦庭園−-5
「作戦……」
エイは今度は首をかしげた。
シェシウグル王子の傍若無人な振る舞いは、作戦などという計算高い単語とひどくそぐわない。
「王家であることも、彼らにとって仕事以上の意味は持ちません。ですから、本当に懐いてほしければ、こちらがツミの気を引ける人間にならなければなりません」
王女は手元まで垂れ下がる枝垂れ柳の枝先をすくいとり、つま弾くようにぞろぞろと揺らした。
「ツミは好みがうるさいの。才長けていて、それをひけらかさず謙虚で努力家で、分けへだてなく平等で、健やかで強靭な精神を持ち、容姿の良いもの。それが興味を引く絶対条件ね」
並べたてられた理想の人間像に、どんな超人だ、とエイは内心舌を巻いた。
「容姿はともかく、幸い王家の者は、”そう”見えるように育てられますからね。おかげでハヅルは、他の者よりはわたくしに関心を持ってくれました。あとは、他の臣下たちと同じ。強さへの矜持をくすぐって、庇護欲を煽って……」
あまりの率直さにぽかんと口をあけたエイに、王女はいたずらっぽく笑ってみせた。
「わたくしにこだわってもらえるように…心から慕って、頭領の命などなくても守りたいと思ってもらえるように、とても努力しました。その結果が、今のあの子というわけ」
エイは彼女の真意をはかりかねて、つかの間沈黙した。
内容だけ見ると、ひどく利己的な、打算に満ちた物語のようにも思える。
だが彼女の、それは楽しげで隠しきれぬ親愛のあふれ出す声音で語られると、まるで違う意味を持って聞こえた。
エイは内心首をひねった。これはもしや、いわゆる“うちの子自慢”といわれるようなレベルの話なのでは……?
「でも、その、確かにシウはあんな風ですし、アハトも振り回されて嫌な顔はしますが、」
なぜか自分が弁護してやらなければならない気がして、エイは考え考え言った。
「あの二人には二人なりに絆はある、とは思います」
確信的とはとうてい言えない憶測に、語尾がもごもごと消えていく。
だが彼女は意外そうにでもなく、でしょうね、と頷いた。
「それこそ、兄上らしいやり方です。あなたはよくわかっていらっしゃるわ」
口元に浮かんだ笑みは満足げですらあった。
それから王女はふと、思いついたようにエイを見つめた。
「エイ殿は兄上を、シウとお呼びになるのね」
「そう呼ぶように彼に言われたので……やはり、無礼とお感じになりますか?」
「無礼? どうして?」
「ご家族しか呼ばない名だと……」
「そうね。家族のわたくしでも呼べない名です」
静かに放たれたその言葉に、エイは息をのんだ。
「幼い頃はわたくしもそう呼んでいました。十二の誕生日に立太子の礼が行われてから、その名で呼んではならないと言いつけられたのです。それ以来はずっと兄上とお呼びしています」
「す、すみません……」
「なぜ謝るの?」
王女は小鳥のように首をかしげた。
「エイ殿がうらやましいわ」
ぽつりと呟きが耳に入って、エイは目を剥いた。千年続く大国の姫君が、エイをうらやましがることなど一生ありえぬ話だった。
彼の驚愕など知らぬげに、彼女は急に勢いよく振り返った。
「わたくしも、エイと呼んでよろしくて?」
「あ、も、もちろんです。どうぞ呼び捨てにしてください」
「では……エイ」
「はい、王女様」
「あら、それではだめです」
とがめられて、彼は、えっ、と声をあげた。
「わたくしのことも、ミルハと呼んでくださらなくては」
ロンダーン王の第二子、王位継承権第二位のミルハーレン王女は、拗ねたように頬をふくらませた。
「そっ、そんな呼び方は……」
エイは慌てて両手を振った。
「兄上のことは呼ぶのに?」
「彼は、そう呼ばないと怒るので……」
「では、わたくしもそういたします」
「えっ」
絶句したエイを見て、彼女はこらえきれないように、くすくすと笑った。
からかわれたのだろうか。エイは困惑した。