閑話−不戦庭園−-4
「ハヅルもアハトも、あなたにずいぶん早く懐きましたわね。本来、ツミというのは人見知りで、なかなか人間に馴染まないのですよ」
人見知り、というのはどうだろうかとエイは首をかしげた。彼らは小さな子供のように知らない人間を嫌がっているわけではない。
どちらかといえば人間そのものを別種と、それも自分たちより劣った種ととらえているふしがある。
人見知りというより、無関心なのだ。道端を這いずる虫に、いちいち意識が向かないのと同じ。
虫けらを見るような乾いた視線と、小動物を慈しむような暖かな眼差し。彼らはどちらも持ち合わせている。
その分かれ目がどこにあるにせよ、対等な生物へ注がれるものではない。
「……懐いてくれているんでしょうか」
「もっと付き合いの長い女官や兵士もいますが、ハヅルが興味を示したことなど一度もありませんでしたよ」
彼女はそう言って微笑んだ。
「仲良くしろと言ってするものでもありませんしね。正確には彼らは王宮に仕えているわけではなく、代々続く頭領命令に従っているだけ。わたくしたちを守る役目を果たす他は、心の向くままに振る舞うのです」
だから、エイへの態度は社交辞令ではなく、彼らの気持ちの発露には違いないのだ、と暗に王女は告げた。
「だから……だったのかな。シウが感心していましたっけ。ハヅルがあなたの言うことを聞いたから」
王女は、くす、とおかしそうに笑った。
「兄上の場合は、教育の仕方がなっていないのですわ」
「きょ、教育?」
思いもかけない単語に、エイは目を丸くした。
「確かにアハトより、ハヅルの方がだいぶ素直な性質のようですけれど」
王女は一旦言葉を止めると、ツミの者が聞いていないか確かめるように、周囲の枝々を見回した。
そのままエイに向き直って続きを語り始める。
「わたくしたち、ずっと小さな頃からあの子たちを知っているのです。正式に役目に就いたのはたった二年前ですが、それより前に、幼いあの子たちがツミの頭領に連れられてあいさつに来た日のこと、よく覚えています」
思い浮かべながら、彼女はふふ、と笑い声を洩らした。
「とても可愛らしかったものですよ。二人とも、まだやっと飛べるようになったばかりのひな鳥で。……あの頃の兄とわたくしは、友と言えばお互いばかりで、他のものに執着することなどなかったのに、あの子たちと会った日は違いました。二人して、あの子たちの気を引こうと躍起になって競い合ったわ」
「き、競い合ったんですか?」
「美しくて強いツミの一族の中でも、最高の血統の子供が味方になってくれたら、素敵ではなくて? それに……あなたにもお見せしたかったわ。本当に小さくて可愛かったの。一番に懐いてくれたら有頂天になったでしょう」
前半は鼻もちならない権威主義を匂わせておいて、彼女は台詞の後半で、子供っぽさ全開の独占欲を白状した。
うっとりと語る口調から鑑みて、後半が本音であるのは間違いなさそうだとエイはひそかに思った。
「その、初対面の折の競争は決着がつきませんでしたけどね。二人とも、兄とわたくしのどちらにも、ちっとも興味を示してくれませんでしたから。でも今は……」
彼女は言葉を途中で切って、エイをのぞきこんだ。
「兄上は素直にアハトに接しているでしょう。年下の友人のように彼を扱って、振り回して楽しんでおいでだわ」
エイはそのとおりと頷いた。
「でも、素直に可愛がってもだめなのです。彼らの目には年上も年下もなく、人間はひとくくりに庇護の対象ですから、こちらが外見通りに扱っても、同族の友や兄弟のようには感じてくれません。兄上の作戦は、そこが間違いね」