閑話−不戦庭園−-3
ガレン公の夫妻と談笑する王女の姿は朝から幾度か見かけたが、ハヅルの姿はなかった。
エイは、王子が公妹に騎士団の訓練を案内させるのについて回っていたので、同じ城の中にいながらも王女の動向を詳しく知っていたわけではない。
ただ、王宮で後宮と東宮とにわかれてめったに会わないのとはわけが違っていて、この三日間で客分である彼らが一度も顔を会わせない日というのはなかったのだ。
特に、ハヅルは王女と無事に再会してからというもの、彼女から片時も離れようとしなかった。
王女に近付く、人間から動物にいたるまで指一本触れさせまいと警戒し威嚇してまわる様子は、エイには子猫を守る母猫のように思えたものだ。
同じものを見ながら、正反対に、親鳥にくっついて回るひな鳥だ、と例えたのはアハトだった。エイは思い出して小さく笑った。
「エイ殿?」
傍目には脈絡のなかっただろう笑みに、王女が訝しむ声を上げた。
「いえ。ハヅルは、よくあなたから離れましたね」
「もう大丈夫と言うのに、あの子ったら聞かないのですもの。困りましたけれど、あの子にしかできない仕事を頼んだら、ようやく出かけてくれました」
一つ強い風が吹き抜けて、言葉がつかの間途切れた。そして何事もなかったように続く。
「四六時中一緒では、あの子も参ってしまうでしょう」
わたくしも、と彼女は小声で付け加えた。
エイは意外な気がした。彼女のことをよく知っているわけではないが、ロンダ―ンの王女は彼の目にはとても社交的で華やかで、独りの時間を楽しむ性質には見えなかった。
「大丈夫……なんでしょうか。その、警護の方は」
「兄上やアハトは教えませんでしたか? 一昨日、こちらに着いた翌日から、王宮のツミが何羽か応援に来ているのです」
「そうなんですか?」
エイは思わず、上空を見上げた。
「人間としての姿は見せませんけれどね。というより、見せているのかもしれませんけれど、正体は知れぬようにしていますから、わたくしたちには判別できません」
「不思議な人々ですね……彼らは」
エイはシェシウグル王子とアハトに出会うまで、ツミの一族のような存在を想像したことすらなかった。
建国以来ロンダ―ンの王たちが引き起こしてきたという不思議な現象の数々は、魔法使いや魔族、あるいは当時は最先端だった薬剤や機械の力を用いたものだと説明されている。
彼は大した興味も抱かず、そういうものなのだろうと納得していた。
「彼らが”何なのか”は興味深いところですが……わたくしたちに計り知れるものではありませんわね」
不意に、彼女は微笑みながらエイを見上げた。
「可愛いものでしょう。そんな不思議な一族の子が、ああして慕ってくれるのは」
「……わかる気はします」
初対面のハヅルはなかなか威丈高で、小柄であどけない外見との隔たりに彼は少々驚いたものだ。
あいさつをしても警戒するように訝しむ視線をくれるばかりで、これは嫌われているなとひそかに傷ついていたりもしたのだが、南風之宮で数日過ごすうちに、以前より打ち解けた返事が返ってくるようになった。
さらに三日前、この城で再会してからは、当然のようにあちらから話しかけ、笑いかけてきたりもしてくれる。
照れくさそうに礼を言われたときなど、感動すら覚えてしまった。
アハトもそうだ。彼はハヅルと違ってにこりともしないし、打ち解ける気配もないが、エイは、自身が彼の信頼を徐々に勝ち取りつつあるのを肌で感じていた。
そんなささやかな親しみの兆しにも、エイは彼らの信頼を裏切るまいと強く思うようになっている。
これがもっとも身近に仕えられ、直に大切に守られる兄妹の立場ならば、どれほど気分の良いことだろう。