〈亡者達の誘う(いざなう)地・序章〉-1
〈亡者達の誘う(いざなう)地・序章〉
空……見上げれば透き通るような青は何処までも続き、真綿のような純白な雲が静々と流れては形を変えていた。
海原に現れる白波を漁師は“兎”と呼ぶが、この海には兎の一羽も見当たらない。
さすがに外洋ともなれば潮の流れは速く、河川に匹敵する流れを見せていた。
その海面のざわめき以外は、油のようにベッタリとした、非常に穏やかな海である。
そんな見渡す限り静かな洋上に、黒い点が浮かぶ。
漆黒に塗られた貨物船だ。
大きさは100メートル程だろうか?
外見には貨物らしき物は確認出来ない。
これから何処かの国で貨物を積み込み、何処かの国に運ぶのだろう。
長閑(のどか)な風景……いや、その貨物船は空荷ではない……運ぶ《貨物》は漆黒の鉄壁の中にあったのだ……長閑とは無縁な、騒がしい貨物が……。
『いいか。糞とか小便したくなったら素直に言えよ。勝手に漏らしたら、ただじゃ済まさねえからな』
微かにエンジン音のこもる部屋。
広さは5メートル四方くらいだろうか?
赤茶けた防錆塗料の塗られた鉄板剥き出しの部屋。
その中に、小さな檻が数個並列に並べられており、その四隅には50pくらいの高さのブロックが噛まされていた。
その小さな檻の中……それはペットなどの動物ではなく、制服やワンピースなどを着た少女達……皆、怯えきった表情で、灰色の作業着を着て叫ぶ男を見ていた。
「だ、出して!!ここから出してよぉ!!」
檻の中で叫ぶ少女……まるで土下座の格好で小さな檻に収められ、両手首は枷で繋がれ、その枷も鎖と南京錠で目の前の檻の鉄柵に繋がれていた。
向き合うように置かれ、さっきまで見ず知らずだった少女の怯えた顔を、互いに見合っている。
膝を折り、両手を揃えて伏せている様は、まるで犬のよう。
その誰もが、学園のアイドルとしての地位を獲得していそうな、眩い美少女ばかりだ。
『そろそろトイレに行きたくなってくる頃だよなあ?その檻の中じゃあトイレにも行けないし、その繋がれた手じゃパンティーも下げられないだろ?この俺がトイレを用意してパンティー下げてやる……遠慮なく言えよぉ!』
檻の中の少女達は、今の言葉に怯え、一斉に泣きはじめた。
登校中に、或いは下校中に、または友人や彼氏と別れた後に、卑劣な男達に拉致され、この船に運び込まれたのだ。
この船室の中では、この洋上では、悲鳴は誰の耳にも届かない。
『よぉ。みんな元気で生きてるか?』
いきなり船室のドアが開き、同じ灰色の作業着を着た男が入ってきた。
年齢は40半ばだろうか?
金髪に染めた長髪をオールバックにし、痩せて鋭い目付きをした顔は、それだけで威圧的だ。