華詞―ハナコトバ―5の花-1
華詞―ハナコトバ ―
5の花 石井直子
私の名前は直子。素直な子でいてほしいという願いが込められて付けられたらしい。
親の希望が叶ったのか、わたしは本当に素直な子だったと思う。
本当は2文字の名前とか、外国人みたいな名前になりたかったと思うことがあった。
でも今は、この名前で良かったなと心から思えるんだよ。
名前というのはこの世にある一番みじかい呪いだと聞いたことがある。
生まれてすぐに名前という呪いがかけられる。
「のろい」なんて聞くと一見怖いようだけれど、「おまじない」と読めば、なるほどなと思える。
私の名前のオマジナイは「スナオな子になること」だったらしい。
そのおまじないが効いたのか、わたしは何でも素直に口に出したり顔に出す子だった。
それは今でも変わらない。
「では今日提出のレポート、やってきていない人は残ってください。」
鳥井先生が講義の終わり、私をちらっと見ながら言う。
先生と目があっただけで顔が真っ赤になってしまう。
わたしはすぐに顔に出てしまうのだ。
特に確信をつかれたときは顔がトマトのように真っ赤になる。
先生は私がレポートをやってきていないことを知っている。
「本当、石井さんってわかりやすいよね。」
鳥井先生は猫みたいなふわふわした髪を揺らして笑う。
鳥井彩人(とりいさいと)はうちの大学で現代政治論を教えている先生だ。
大学の中でもダントツに若く、柔和な笑顔と中性的な顔立ちで女子生徒から圧倒的な人気を得ている先生だ。
中には鳥井先生の授業を受けるために、学部を変更した子もいるとかいないとか。
「無遅刻無欠席かつ課題提出の期限を守ると鳥井先生とデートができる」
そんな噂が最近ではどこからか広まり、それを聞いた鳥井先生ファンの生徒たちは必死になっていると聞いたことがある。
私の場合、鳥井先生のことが好きではないといえば嘘になる。だけど派手なタイプでもないし、こうやってわざとレポートを出し忘れて先生との時間を少しでも長く共有することぐらいしかできない。
「先生があからさまに私のことを見るからです。」
わたしは消しゴムを指でつつきながらふてくされた表情をとってみる。
「あはは、ごめんね。だって石井さんだけ僕に興味ないのわかるからさ。」
先生は少しいじわるそうな顔をしてわたしを見る。
出た、この小悪魔フェイス。
鳥井先生はたまに人の顔を覗き込むようにじっと見つめてくることがある。
通称・小悪魔フェイスと呼ばれているのだが、普段は優しくて癒し系なのに、たまに見せるエスな雰囲気に「やられている」生徒多数。
そしてもちろんその生徒多数の中に私も入っているのだけれど。