華詞―ハナコトバ―4の花-1
華詞―ハナコトバ ―
4の花 細川 絹代
わたしの名前はきぬよ。絹糸のように代を紡いでいく書いて絹代。
今風の名前なんて決して言えないけど、わたしは結構この名前が気に入っている。
なんとなく、わたしにしっくりくるような気がしているから。
私が「きぬよ」じゃなかったら、一体どんな名前だったのかなんて、考えたこともない。
私の名前が違ったら、きっと貴方とは繋がれなかったと思ってるんだよ。
ザクッザクッザクッ。
いつものように手際よく布を切っていく。
「はい、5mですね。こちらの紙を持ってレジにお進みください。」
土曜日の昼は大概混んでいる。
主婦や服飾の専門の学生、デザイナーの卵みたいな人。色々な人が布を買いに来る。
私は手芸屋に勤め、毎日いろいろな布をせっせと切っている。
バイトから入って就職したのでかれこれ7年目になる。
7年目になるとベテランのいきで、定規で図らなくても大体どのくらいで何mかわかるようになってくる。
「すいません。この生地って、何mありますか?」
裁断台から顔を上げると、すらっと細長い男が布の筒を持って立っていた。
学生のような幼い雰囲気なのに、黒のシャツとパンツの上下というシックな服装でなんだかアンバランスな出で立ちに見えた。
「ちょっと広げてみますね。」
私は筒からリボンをほどいて裁断台に広げる。
この厚さだと4m弱ぐらいかな。
そう思いながら定規で測ると3.6mだった。
「3m60cmぐらいですね。もしこちらでよろしければサービスして3m半のお値段にしておきますよ。」
営業スマイルで男に笑いかけると、男は口元に指を当てて、少し考えるようなしぐさをした。
「…あの、この生地ってまだ在庫ってあるんですか?できたら10mほしいんです。」
「え…10mですか?少々お待ちください。確認してきますね。」
「お願いします。」
別に珍しくはない。
学校の卒業制作などで大量に布を買っていく人もいる。カーテンを作る主婦が購入したりすることもある。
仕方がないので、カットする係を他の人に代わってもらい、裏の倉庫にストックがあるか確認しに行く。
布についている番号と照らし合わせながら探してみたが、見当たらない。
人気の布はすぐに売り切れてしまう。
特に私の勤めているお店は小さく、一点物や珍しい布を扱っているので、
名のあるスタイリストやデザイナーが来る事も多いのだ。
「すみません。先ほどの布なのですが、今お店にはストックがないみたいなんです…。
1点ものではないので、工場に連絡してお取り寄せする事は可能ですが。」
「そうなんですか…。取り寄せするとどのくらいかかりますか?」
「そうですね、だいたい1週間は見てもらえれば良いと思います。」
1週間か…と呟くと、また男は黙り込んで口元に指を当てた。