淫欲の虜-7
「先生、あの……」
大学院生のアルバイト講師、久保田が遠慮がちに声をかけてくる。
時間は午後11時を過ぎ、教室にはほかに誰もいない。
「ああ、久保田くん。今日もお疲れ様。明日の朝も早いんでしょう? 帰らなくていいの?」
わざと目元の書類に目を落としながら、久保田の様子をうかがう。
聞かなくても、彼が何を言いたいのかはわかっている。
「えっと、僕と一緒に遊びに行ってもいいって言ってくれましたよね? あれ、本気にしてもいいですか?」
ほら、来た。
今週、久保田がずっと物言いたげに視線を送っていたのは知っている。
まだ純粋な心を利用するような真似はしたくないと思って、無視を決め込んでいた。
でも、今は事情が違う。
マヤはたっぷりと間をおいて、意味ありげに笑って見せた。
「いいわ。どこに誘ってくれるの?」
久保田の顔がパッと輝く。
信じられないほどわかりやすい。
大きな体を丸めてポケットに手を突っ込み、しわしわになったチケットを差し出してくる。
「これ、映画のチケットなんですけど……2枚、その、友達からもらって……よかったら、明後日の日曜日とか、あの、一緒に行ってくれませんか?」
つい先週に公開されたばかりの、前評判も高いラブストーリー。
久保田のまわりに、そんな気のきいたチケットをくれる友人などいないはずだった。
みえみえの嘘は、気付かないふりで流してやる。
「本当に誘ってくれるなんて、嬉しい……日曜日、楽しみにしているわ。わたしなんかと一緒で、いいの?」
「あっ、ありがとうございます! いいにきまってるじゃないですか……水上先生じゃなきゃ、だめなんです。じ、じゃあ、待ち合わせ場所と時間は……」
真っ赤な顔をして、メモ用紙に待ち合わせ場所と時間を丁寧に書きつける姿は、真面目な久保田らしく好感が持てる。
そのペンを握る無骨な指が、想像をかき立てていく。
この子はいったい、どんなセックスをするのかしら。
……日曜日が楽しみだわ。
マヤは確実に久保田を夢中にさせるための算段を、頭の中で組み上げていた。