双子の兄妹-3
明くる日の午後1時半過ぎ、前日と同じファーストフード店の一番奥の二人掛けテーブルに、壁を背にして座っていたマユミは、自分の名を呼ばれて顔を上げた。いつの間にか目の前に爽やかな笑顔をたたえたアキラが片手を小さく挙げて立っていた。
「よっ。待った? マユミちゃん」
アキラは大きなエナメルバッグを肩から床に下ろすと、マユミの前の椅子に腰掛けた。
「今来たばかりです」マユミは少し引きつった笑顔で応え、落ち着かないように周囲を見回した。
「そう。良かった。さっき部活終わったんだ」
よく見ると、確かにアキラは爽やかなイケメンだった。日焼けした顔に、口元から覗く白い歯。高校生のみならず、中学生の女子まで、サッカーの試合を見に来てはきゃーきゃー言って追っかけ回したくなるのもわかる気がした。
マユミの心に、少しばかりの優越感が芽生えた。
「ねえ、マユミちゃん」
チーズバーガー二個とチキンナゲット一箱、ポテトもコーラもLサイズ。それをあっという間に平らげて、アキラはテーブルに肘を突いてマユミの顔を覗き込んだ。
「は、はい」マユミは背を丸めて期間限定チョコ増量ココアシェイクのストローから口を離して目を上げた。
「俺の家においでよ」
「え?」
「だって、俺、部活帰りだし。早く着替えたいんだ。マユミちゃんさえ良かったら。ね?」
アキラの笑顔はひどく優しかった。それが今、自分にだけ向けられていると思うと、図らずもマユミの鼓動は速くなっていった。
アキラの家は真新しく、白い壁の清潔感溢れる一戸建てだった。
玄関を入ると、白いポメラニアンが息を切らして転がるように全速力で駆け寄ってきた。
「よしよし、クリス、寂しかったか?」
アキラが抱き上げると、その毛むくじゃらの小動物はちぎれんばかりに尾を振って狂喜した。
アキラの部屋に通されたマユミは、小さな座卓の前に座らされた。
「ごめん、俺、ちょっとシャワー浴びてくる。速攻で」
アキラはマユミの返事も訊かず、ドアを閉めて階段をどたどたと降りて行った。
マユミは部屋を見回した。大きな窓から夏の眩しい光が部屋中に降り注いでいる。決して広いとは言えない部屋には少し不釣り合いな大きなエアコンから冷たい風が吹き出してきて、すぐに外界とは違う快適さになった。
「片付いてる……」マユミは独り言を言った。
机の上の教科書や参考書もきちんと立ててあり、ベッドにはブルーのボーダー柄のカバーが掛けられている。壁にはアキラが試合で走り回っている写真が何枚も額に入れられ飾られていた。そしてその横に、ハンガーに掛けられた部活の試合用ユニフォーム。
本当に速攻でアキラが戻ってきた。ドアを開けた彼の手のトレイにはオレンジ色のジュースの入ったグラスが二つ載せられていた。
「ごめんね、ここに来てすぐ、持ってくれば良かったね」
アキラはそれをマユミの前のテーブルに置いて頭を掻いた。
Tシャツに短パン姿のアキラは、マユミの横にあぐらを掻き、彼女の顔を見て微笑んだ。「飲んで」
マユミは少し慌てたようにグラスに手を伸ばした。
「先輩って、きれい好きなんですね」マユミが恐る恐る言った。
「え?」
「だって、男のコの部屋なのに、とってもきれいに片付いてるし」
「ママがうるさいんだ」アキラは困ったように首をかしげた。「でも、俺自身も散らかってると落ち着かない」
「(『ママ』……。先輩ってお母さんの事ママって呼んでるんだ……)」
マユミはストローを咥えた。
「ねえ、マユミちゃん」
「はい」
「今さらだけどさ、俺の事、どう思ってる?」
「えっ?」
マユミは意表を突かれて思わず顔を上げた。
「俺って、君の彼氏、だよね?」
「……」
「でなきゃ、こんなとこまで来ないよね」アキラが念を押すように、低い声で言った。
マユミの耳に自身の心臓の音が低く、速く聞こえ始めた。
「あ、あの、あたし……」
アキラの手が、マユミの肩に置かれた。
「え? あ、あの……」
アキラの顔が目の前に迫った。彼は目を閉じて唇をとがらせている。
「い、いや、だめ……」マユミは小さく言った。
アキラは目を開けた。「いいだろ? 俺たちつき合ってるんだから」
マユミは両手で彼の両肩を押しやった。すると、アキラは出し抜けにマユミに抱きつき、床にその身体を押し倒した。
「や、やめてっ!」マユミは叫んだ。
アキラは無言で両手をマユミの胸に押し当て、乱暴に掴んだ。
「いっ!」マユミは痛みに身体を仰け反らせた。再び眼前に迫ったアキラの顔からは表情が消え、額には脂汗が浮かんでいる。
「いいじゃないか、俺、シャワーも済ませたし」
「いやーっ!」
マユミはありったけの力でその男子の身体を突き飛ばし、焦って起き上がると、バッグを鷲づかみにしてドアを開け、部屋を飛び出した。
その夜、マユミは自分の部屋で、早い時間からさっさとベッドに潜り込み、身を縮めてうずくまっていた。メール着信を知らせるアラームが鳴って、それを手に取ったマユミは、アキラからの『ごめん』とだけ書かれた内容を見ると、焦ったように電源を落とし、ケットをばさっと頭からかぶってしまった。
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