双子の兄妹-2
7月29日。土曜日。
その日、朝から部活に出かけようとしていたマユミのケータイにメールが届いた。それは一つ上のサッカー部の先輩アキラからだった。
『明日、昼から空いてる?』
「……」
マユミは躊躇いがちにボタンを押し、『空いてます』とだけ返した。
アキラとマユミは交際している事になっていた。マユミが一年生だった3月、何の前触れもなく、生徒用玄関でアキラから告白されたのだった。
サッカー部でそこそこ活躍しているアキラは細身で爽やかな印象から、同級生の女子にも、下級生にも人気があった。マユミは交際の申し込みを受け、OKしたものの、そういう人気者の男子とつき合う事に少なからず抵抗を感じていた。同性からムダに妬まれたりするのがいやだったからだ。
ただ幸いこの学校のサッカー部は、試合の度に県下でも常に上位入賞するような実力を持っていたので、土日は決まって試合か練習が入っていて、二人が実際に会ったりする事は今まで皆無だった。
昼過ぎに部活が終わり、マユミは数人の友人と一緒に街のファーストフード店でランチタイムを過ごしていた。
「マユミ、あんたアキラ君とはうまくいってるの?」ハンバーガーの包みを広げながらユカリが言った。
マユミはココアシェイクのストローを咥えたまま、小さく首を横に振った。
「え? もう破局したの?」ユカリの隣にいた美穂が、ビックリしたような顔をした。
ストローから口を離して、マユミは呟くように言った。
「別に別れたわけじゃないけど……」
「じゃあ何よ、何がうまくいってないっての?」
「どうやってつき合ったらいいのかわからないんだ」
「デートとかしないの?」そう言ってユカリはハンバーガーにかぶりついた。
「明日」
「え?」美穂がまたビックリしたような顔をマユミに向けた。「明日? デートするの?」
「うん」
「何それ……」美穂は呆れたように眉を寄せて、テーブルの真ん中に広げられていたポテトに手を伸ばした。
「あんまり嬉しそうじゃないね」
ユカリがマユミに向かって身を乗り出し、諭すような口調で言った。
「マユミ、あんたさ、思春期真っ盛り男子とつき合ってるからには、覚悟はできてるんだよね?」
マユミは目を上げた。「覚悟?」
「そう。男のコがデートに誘って、それをOKするって事は、最後までいっちゃう可能性がびょーんて高くなるって事だよ?」
「さ、最後まで?」
「そうそう」美穂も同じようにマユミに迫った。「きっとアキラ君、あんたとエッチできるって思ってるよ」
「な、何よそれ! あたしそんな事まで望んでない!」
「いやいや、」ユカリが手を目の前でひらひらさせた。「甘いね」
「嫌いなわけじゃないんでしょ? マユミ」美穂が微笑みながら言った。
「嫌いじゃないけど、好きなのかな……」
「自分の事でしょ?」
「でも、まあ、あの紳士なアキラ先輩の事だし、いきなりオオカミになる事は……ないかな」
ユカリはそう言いながらハンバーガーを頬張った。
「そうだね。初めてのデートなんでしょ? マユミ」
「う、うん……」マユミはばつが悪そうにうつむいて、またストローを咥えた。
「初デートでいきなり襲いかかったりはしないか」美穂はポテトを口に入れた。
しばらく黙ったまま、マユミは期間限定チョコ増量ココアシェイクのカップに刺さったストローをぐりぐりと回してみたりした。
「そうそう、ねえ、ユカリ」美穂が声を落として隣のユカリに声を掛けた。
「何?」
「あんた、彼とはもう深い仲なんでしょ?」
「そうだけど」ユカリはさらっと言って、包みに残ったピクルスのかけらを手でつまみ上げて口に入れた。
「ど、どんな感じ?」
「何が?」
「エッチの時よ。やっぱり気持ちいいの?」
「うーん……」
ユカリは目を閉じて腕組みをしたまま唸った。
「気持ちいいわけじゃ……ないんだ」美穂は、がっかりしたように言った。
「今は、なんとなく気持ちいいかも」
「何よ、それ、そんなもんなの? なんか期待外れなんだけど」
「初めて彼に入れられた時は、もうめちゃめちゃ痛かった」
マユミは、ストローを咥えたまま顔を赤くして上目遣いでそっとユカリを見た。
「そ、そんなに?」美穂は目を見開いて声を震わせた。
「何て言うか、無理矢理ねじ込まれる、って言うか、突っ込まれるって言うか……」
「何だか怖い……」
「あたしもめっちゃ怖かったもん。でも、大好きな彼だから我慢した」
「そ、そんなの不公平じゃん」美穂が納得できないように声を荒げた。「オトコって、出せば気持ちいいんでしょ? いつでも。それなのに、なんでオンナだけそんな怖くて痛い目に遭わなきゃいけないわけっ?」
「しょうがないじゃん。そんなもんだって。その彼の事が好きなら我慢しなきゃ。痛い痛いって大騒ぎしたら、もう抱いてくれないよ。二度と」ユカリは肩をすくめて、最後に残ったポテトをつまみ上げた。
「あっ! あたしの最後のポテト!」美穂が慌てた。
「何言ってるの、今日は全部割り勘じゃん」
マユミは溶けてぬるくなってしまったシェイクをようやく飲み干して、ふうっと、長いため息をついた。
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