双子の兄妹-12
8月2日。水曜日。
マユミが朝、起きて食卓に就いた時、横にいつもいるはずのケンジはすでにいなかった。
「今日、電話して自転車屋さんに来てもらうから」
母親がテーブルにごはんをよそった茶碗を運んできて、マユミの前に置きながら言った。
「うん。ありがとうママ」
「ケンジの自転車、あんた乗れるの?」
「うん。サドル下げてもらってるから」
「優しいお兄ちゃんで良かったわね」
母親はマユミの向かいに座って、たくあんを一切れ箸でつまみ上げた。
ケンジの自転車は、やはり少し勝手が違っていた。マユミはその細身の硬いサドルに跨がって、恐る恐るペダルを踏み込んだ。ふらつきながら彼女は自分の高校への道を辿った。
郵便局の前の歩道を進んでいた時、前に小さな幼稚園児の列が伸びているのに気づいて、マユミは道路側に自転車を寄せた。そこには黄色い点字ブロックがずっと続いていて、園児たちから距離を取ろうとすると、自ずとその上を走らなければならなかった。
園児の列を追い越してしまうまで、マユミの乗った自転車は点字ブロックの凹凸の上を走った。
「え? な、何だか……」
マユミはサドルに跨がった自分の股間に、今まで感じた事のない感覚が生まれてきた事に気づき、思わず自転車を止めた。
「な、何だろう……変な感じ……」
それは何とも言えない快感の一種だった。
点字ブロックの上をタイヤが走り、硬くて細いケンジの自転車のサドルからの振動が、彼女の秘部を刺激していたのだった。
マユミはもう一度ペダルをゆっくりと漕ぎ始めた。そして自転車を敢えて黄色いブロックの上を走らせた。少し前屈みになると、その快感が増す事を知ったマユミは、そのままずっとその細かい振動に身を任せたまま、自転車を走らせた。
学校に着いた時、マユミの息は荒くなっていた。
自転車を駐輪場に駐めた時、脚の付け根に湿ったような感覚がある事に気づいた。
「え? なに?」
マユミは驚いて駐輪場の奥に駆け込み、人目を憚りながら足をもぞもぞさせて太ももをこすり合わせた。
穿いていたショーツがしっとりと濡れているようだった。
「やだ……あたし……」
その時、背後から美穂の声がした。「マユミー」
慌ててマユミは駐輪場から飛び出した。
「何してるの? そんな狭い所で」
美穂は自転車を降りた。
「お、おはよう、美穂」マユミは乗ってきたケンジの自転車の籠から焦ったように荷物を取り出し、肩に掛けた。
「あれ、いつものチャリと違うね」
「あ、あの、これ、ケン兄のなんだ」
「ケンジ君の?」美穂は目を輝かせた。「なんであんたが乗ってるの?」
「昨日、大会の帰りにあたしの自転車パンクしちゃって。だから借りたの」
「いいなー。ケンジ君のチャリに乗れるなんて」
「おはよー」
遠くから声がして、ユカリが全速力で自転車を飛ばし、耳障りな音を立ててブレーキを掛けた。
「二人とも今だったんだー」
彼女ははあはあと大きく息をしていた。
「おはよう、ユカリ」美穂が言った。「今日は早いね。いつも遅刻ギリギリで来るあんたが。珍しいじゃん」
「心入れ替えた、って事にしといて」
ユカリは悪戯っぽく笑った。
「ところでマユミ、あんたケンジ君とツーショットで夜道を歩いてたね」
「え?」
マユミは意表を突かれてユカリを見た。
「昨夜、二人で押しチャリして帰ってたでしょ」
「ほんとに? マユミ」美穂が言った。
「だから、言ったでしょ、あたしの自転車パンクしたって。心配してケン兄が迎えに来てくれたから一緒に帰ってたんだよ」
「あたし、一瞬二人が恋人同士に見えたよ」
「いいなー」美穂は大げさに仰け反って大声を出した。「ケンジ君に心配された上に、並んで歩いて、しかも彼のチャリを使える……。あたしマユミに嫉妬しちゃうよ」
「なに? パンクしちゃったの? マユミ」
「う、うん」
「で、これがケンジ君のチャリ」美穂がふてくされたように言って、マユミの乗ってきた自転車を指さした。
「そっかー」ユカリが感心したように言った。「高校生ぐらいって、兄妹いがみ合ったり無関心だったりする事が多いのに、ホント珍しいよね、あんたとケンジ君。仲良過ぎじゃん?」
「だよねー」美穂も言った。「実は、ケンジ君、マユミに気があるんじゃない?」
「えっ?!」マユミはみるみる赤面した。
「可能性あるよね。あんた巨乳だし。天然入ってて、無害そうで、男子高校生ウケ、いいからね。しかも一緒に暮らしてるから、抱こうと思えばいつだって、」
マユミの顔から火が噴いた。
「でもケンジ君は世の中のオトコと違って、紳士だよ。そんないやらしい下心持ってるわけないじゃん」
「それもそうか。それに兄妹だしね」ユカリと美穂は顔を見合わせて笑った。