双子の兄妹-10
1-3 初めての感覚
大会後、それぞれの高校の生徒たちは、現地でミーティングを済ませた後、三々五々会場を後にした。辺りはすっかり暗くなり、駐まっていたたくさんの自動車もほとんどはけてしまって、駐車場はすっかり寂しくなっていた。
マユミの高校もミーティングが終わって解散になった。
「じゃあね、マユミ。また明日」ユカリが大きく手を振りながら迎えに来ていた自動車に乗り込んだ。
「気をつけてね、マユミ」美穂も言って、車に乗り込んだ。
そのテールライトが角を曲がって見えなくなると、マユミは駐車場脇の駐輪場に歩き、自分の自転車の鍵を外し、前の籠に大きな荷物を押し込んだ。マユミの自宅はここからそれほど遠くないので、いつもこの屋内プール会場で大会がある時は自転車で来る事にしていた。
彼女は、サドルに跨がってペダルに足を掛け会場を後にした。
マユミが会場を出てすぐの交差点を曲がった時、急にハンドルを取られ、ふらついて、思わず自転車のブレーキを掛けた。
「え? なに?」
マユミは自転車を降りて、街灯の下までそれを押して行き、スタンドを立てた。
「やだ、パンクしてる……」
前輪のタイヤがひしゃげている。
「最低……」
マユミはバッグのファスナーを開けかけ、手を止めた。「そうだった、ケータイ家に置いたままだったんだ……。もう、こんな時に限って……」
彼女は小さくため息をついて、仕方なく自転車を押しながら帰途についた。
いつもマユミたちマネージャが部活で使うプロテインを買うドラッグストアを過ぎて、賑やかな青葉通りアーケードを横切った所にコンビニがあった。その入り口前のゴミ箱の横に3人の男が溜まってたばこを吹かしていた。そのうちの一人が、歩道を自転車を押しながら歩いていたマユミに声を掛けた。
「そこのねえちゃん!」
マユミは一瞬びっくりして足を止めたが、すぐに知らないふりをして歩き始めた。
「遊んでかなーい!」
違う男が叫び、あとの二人は大声で笑った。
マユミは急ぎ足でそこを離れた。
「マユミ、遅いわね……」
夕食の支度をしながら母親が呟いた。丁度入浴の準備をして二階から下りてきたケンジに、彼女は身体を向けて言った。「あんた、今日の大会でマユミと一緒だったんでしょ?」
「え?」ケンジは浴室の前で立ち止まった。
「マユミ、帰りが遅いんだけど。大会が終わったのって、まだ日がある頃だったんでしょ?」
「マユの高校はいつもミーティングが念入りなんだ。じきに帰ってくるんじゃない?」
「にしても……」母親は壁の時計を見た。
「ケータイに電話しようか?」
「さっき掛けたらあの子の部屋の中で着メロが鳴ってたわ」
ケンジは肩をすくめた。
「心配だから、あんた迎えに行って」
「お、俺が?」ケンジは右手の親指を立てて自分の鼻に突きつけた。
「あんたマユミの帰りのルート、知ってるんでしょ?」
「わ、わかったよ。しょうがないな」
ケンジはそう言いながら、少し心を熱くしていた。それを母親に悟られまいと、彼は着替えを浴室に放り込んで、そそくさと玄関に急いだ。
靴を履きながらケンジは母親に顔を向けた。「行ってくる」
「お願いねー」
母親は振り向きもせず、パン粉をまぶした豚肉を油の中に入れた。じゅうっと派手な音がケンジの背後で聞こえた。