G-1
田植え休みが明けて十日。遅まきながら、美和野村にも風薫る季節がやってきた。
朝晩の冷え込みもずいぶんと緩み、秋と同様に一年の中で最も過ごし易い時期とあって、さぞや雛子も喜んでいる事と思いきや、
「あ……ふう」
何故か、授業中にも拘わらず欠伸が絶えない始末。
「先生、どうかしたの?」
その異様さに、子供達は揃って雛子に問いかける。
「な、何でもないのよ!」
「でも先生、ずっと欠伸が出てるよ」
「大丈夫だから。心配しないで」
焦る雛子。覚らせまいと、大袈裟な笑顔を振りまいて元気さを強調するのだが、
「ほら!言ったそばから、また欠伸してる」
堪えきれずに欠伸が出てしまって全く説得力がない。
すると、困っている雛子を見かねたように級長の公子は急に立ち上がり、級友達に向かって講釈を垂れた。
「先生だって“おなご”なんだから、眠れない日だってあるのさ!」
意味するところが解らぬ級友逹の中で、大が真っ先に食いついた。
「なんだ?おなごだから眠れないってのは」
「お前みたいな餓鬼は知らんだろが、おなごはなあ、胸が扇いで(ドキドキして)眠れねえ夜があるんだ。ねえ先生!」
そう言って公子は雛子の方を見た。
「そ、そうね!そんな日もあるかもね」
曖昧な返事をしながら、公子の講釈を一番驚いているのは雛子自身だ。
(今の子って、おませな事を言うのね……)
頭の中で、家庭訪問した時の事が思い浮かぶ。公子には高校に通う姉がいると聞いており、おそらく、その姉の愛読書あたりからの受け売りなのだろう。
(それにしても……)
しかし、小学生らしからぬ知識をひけらかしてまで助けてくれたのは、公子の優しさ故だと雛子は感じとった。
「ありがとう公子ちゃん。わたしを庇ってくれたのね。でも、もう大丈夫だから。席について」
雛子に礼を言われた公子は、上機嫌になって席についた。
「それじゃあ、授業を再開します」
再び黒板に向かう雛子。
(駄目ね。子供達に心配かけちゃうなんて……)
口を真一文字に結び、ニ度と欠伸をすまいと堅く奥歯を噛みしめた。