G-8
差出人欄の筆跡は、確かに兄の物だ。その兄が直々に荷物を送って来るなんて、ついぞ無かった出来事である。
父に似て堅実な兄で、大学こそ違え、私と同じ教育学部を卒業すると、文部省職員となって一年前には独立した。
兄との仲はよかったが、昔から個人主義的なところが有り、それ故に一緒に遊んでもらった記憶は薄い。
(それが今になって……)
どうして、蜜柑箱が一杯になる程の荷物を送って来たのか、意図が掴めない雛子は思案に暮れていた。
すると、
「どうしたんです?開けてみないんですか」
林田は雛子に訊ねる。彼も荷物の中身が気になるようだ。
「……まだ、居たんですか」
「そりゃ、あんまりですよ。頼まれたとはいえ、猫車で此処まで運んで来たんですからね」
「他人の荷物が、そんなに気になるんですか?」
「そんな事言わないで。ご実家からの荷物を見せて下さいよ」
そう言って、林田は両手を顔の前で擦り合わせる。意地も自尊心の欠片さえも見えない態度からは、どうしても中身を見たいという執念だけが窺えた。
「じゃあ……」
このままでは、見せるまで帰らないかも知れない。それならいっそ、中身を見せてさっさと帰ってもらおう。
そう考えた雛子は、固く結ばれた紐に手をかけた。
「見せますけど、手紙のような個人に関わる物は駄目ですよ」
「ありがとうございます!それで充分です」
願いが叶うとあって、喜んで約束する林田。雛子は諦めのため息をひとつ吐き、封を解いた。
上蓋が開いて、先ず目に飛び込んで来たのは古い新聞だった。
「うわあ、懐かしい!」
長野日日新聞。疎開していた時にとっていた新聞が、緩衝材として入っていた。
(それにしても、丸めずそのまま使うなんて)
雛子の目には「几帳面な兄にしては間が抜けている」ように映り、思わず笑みが漏れた。
新聞の束をどかすと、中身が顔を覗かせた。
(何よ、これ……)
そこには、大小大きさの異なる様々な缶詰めが一面を覆い尽くしていた。
「こんなに沢山……何の為に」
雛子は缶詰めを手に取りしげしげと眺める。味付けした魚や鯨、肉の腸詰め、果物のシロップ漬け等と実に多種多様だ。
こんな物が大量に手に入れるなど、ほんの十年前までは考えられない事だった。
必要な物を、好きなだけ購入出来るという事が、どれだけ幸福な事か。
大量の缶詰めを前に、雛子は感慨深い気持ちになった。
「他には入ってないんですか?」
そんな感傷に浸る雛子を、林田が引き戻す。言われるままに缶詰めを退けると、底に数冊の雑誌が敷かれてあった。