G-7
「ありがとうございました!」
苗植えを終えて、早川親子が帰っていった後、
「よいしょっと!」
雛子は、茶の間に上がると大の字になった。
まだ、晩の準備に取り掛かるには日が高い。しばしの休憩だと野良着のまま寝転がった。
(ひと段落ついて良かった……)
哲也の言う通り、これから数々の難局に出会すことだろう。しかし今は、一歩踏み出せた喜びを噛みしめていよう。
「すう……」
余韻に浸る雛子は、いつしか眠りについていた。
「せい……」
それから、何れ程の時間が経ったのだろう。雛子は、何かが囁いているような気がした。
「先生、雛子先生……」
「う……ん……」
朧気な頭の中で雛子は思考を廻らせる。夢の中で、誰かが自分を呼んでいると。
そう思った途端、彼女の目には、在りし日の父親の顔が浮かんでいた。
「うう……お父さん、ご免なさい」
顔を歪めて身を捩る雛子。魘される様相は、誰かの哄笑を誘った。
「へっ?」
余りの音に、雛子は一気に目を覚ました。見れば林田が自分を指差し、気が触れたように笑声を発しているではないか。
「な、何で貴方が此処に居るんですか!?」
飛び起きた雛子は、身を固くして部屋の隅へと下がる。“あの日”以来、ろくに口も利いていない相手が目の前にいる事に、強い警戒心が働いた。
そんな雛子を見ても、林田は気に止めた様子はない。
「いやあ、何度も呼んだんですけど、返事がないものですから」
「あ、貴方は、返事がないと他人の家でも勝手に入っちゃうんですか!」
「まあ、場合によっては、仕方ないでしょうね」
「あ、貴方って人は!」
林田の言い分に呆れる雛子。口をぱくぱくとするだけで、言葉にならない状態だ。
「今日中に、これを渡す必要があったので……」
林田はそう言うと、土間に降ろしていた物を雛子の前に置いた。
「な、何ですか?これ……」
目の前に現れたのは、固く紐で封がなされた蜜柑箱だった。
「ご実家からの、荷物みたいですよ」
「実家からの?」
「差出人は、河野光太郎になってますが」
「兄が!?」
差出人が兄である事に、雛子の疑問は益々深まった。
「昨日、役場に届いたそうなんですが、貴女が仕事中だから椎葉さんが預かられたそうで。で、私が届けに来たんです」
「そ、そうですか……」
林田が事の次第を伝えても、雛子は心ここに在らずの心境だ。