G-6
林田への“戒め”を心に刻んだ日から、数日が経った。
過ごし易い季節も、もうじき終わりを告げ、人々が雨の多い季節を迎える為の準備に忙しないこの頃、
「うん!先生、やっと終わったね」
「ありがとう。哲也君のおかげよ」
哲也は、日曜の朝早くから雛子の自宅を訪れていた。
庭に畑を作ってニ週間余り。いよいよ今日、苗を植える日を迎えた。
雛子はこの日の為に、購買所に頼んで野菜の種を買い揃え、畑の一部、ひと畦の半分位に蒔いて育ててきた。
トマトや茄子、胡瓜にいんげん豆は毎日収穫できる夏野菜として。じゃがいも、さつまいもは、秋に子供逹と芋掘りをする為に。
他にも韮や葱などの、根っこさえ残しておけば、何度でも生えてくる野菜も植えた。
「いい眺め……」
畑一面に並んだ苗たち。今はまだ、細く小さく頼りなげに土から顔を出しているが、夏を迎える頃には青々とした葉を繁らせ、たわわに実をつけてくれるだろう。
「明日から大変だね、先生」
哲也はむしろ、これからの事が心配なようだ。
「大丈夫!毎日、朝晩水をやって世話するわ」
「駄目だよ!それじゃ」
意気込みを顕した雛子に、哲也は直ぐに意を唱える。
「根付くまではそれでもいいけど、根付いたら別々なんだよ」
聞けば、トマトは必要以上に水をやってはいけないし、茄子は水以外に大量の肥料を必要とするそうだ。
「それに、じゃがいもは、芽が伸びたら一本だけ残して他は摘んでしまうんだ」
「どうして?」
「葉ばかり繁って、肝心のじゃがいもが少なくなるから」
「へえ」
感心する様相に、哲也は不安になった。
「先生、本当に大丈夫?やる事は、まだまだ一杯あるんだよ」
「それは……」
問い詰められ、雛子は返答に困る。作物を育てるというものに対し、少し安易に考えていた部分のある自分を、ずばり指摘されたようだ。
するとその時、
「これ!哲也。おめえ先生様に何てこと言うとるか」
哲也の母親が、血相を変えて庭に現れたのだ。
「お母さん!」
「か、母ちゃん!」
雛子は、この思いもせぬ来客に喜び駆け寄った。
「先生様。ご無沙汰しとります」
「こちらこそ!いつも哲也君に助けてもらってます」
母親と会うのは畑が出来上がった時以来だ。
「哲也に、今日は苗植えと聞いとりましたから……」
母親はそう言うと畑に近づいてしゃがみ込んだ。
「ええ土じゃあ。水捌けも良さそうだし……立派な畑になったなあ」
手にした土を見る眼が慈しみに溢れている。それはまるで、わが子でも見るような。
雛子は、そっと近づいた。
「これからも、色々教えて下さいね。此処に、たくさんの実がつくように」
「もちろんじゃ!儂はいつも来れんが、哲也を寄越しますけえ」
力強く答える母親の日焼けした顔に刻まれる深い皺ひだ。働き者の顔が笑った。
久しぶりの再会。母親の存在は雛子にとって、この上ない援軍に思えた。