G-4
子供を送り出してニ時間ほど経った頃、雛子は学校を後にした。
「今日こそは、早く寝てしまわないと……」
何とか今日一日を乗り越えたが、身体はもう限界であり、もし今夜も眠れないと、とんでもない失態を起こしかねない。
(そんな事になったら、林田先生に何言われるか)
自宅に帰りついた雛子は、眠気を我慢して夕食と風呂の準備にかかろうとした。
その時、誰かが玄関口から雛子を呼ぶのが聞こえた。
「雛子先生!林田です」
林田と聞いた雛子の顔が、苦々しい表情になった。
「今度は何なんですか!?」
昼休みの事が頭に甦り、無意識に険のある言葉遣いで訊いていた。
だが、林田はそんな事を気にする男ではなかった。
「良い知らせを持って来たんですよ!」
懲りもせず、楽しそうな声を玄関口で発して雛子が現れるのを待っている。
「まったく!何なんですか?」
最初は無視していた雛子が、林田の余りのしつこさに根負けして、玄関口に出て行った。
「今晩は!雛子先生」
開けた扉の向こうに、これ以上ない程の笑みを湛えた林田が立っていた。
「どうしたんです?嬉しそうに」
「とても良い知らせなんです!」
「それは聞きました。何があったんですか?」
「貴女にとって、良い知らせなんです!」
「私に?」
林田は頷くと、右手を雛子の前に持っていった。そこには、一尺余りはあろう牛蛙ニ匹が握られていたのだ。
「ひぃぃ!」
思わず、身が仰け反る雛子。それを見た林田が、声を挙げて笑っている。
「な、何なんですか!」
「これ、そこの田圃から哲也君が捕まえたんですよ」
「えっ?」
聞けば、六時間目の林田が受け取った授業で、予定を変更して田圃に棲む生き物を調べる授業にしたそうだ。
「そうしたら、この下の田圃にこいつらが居ましてね。気がついたら“あれを捕まえてくれ!”って叫んでました」
「それで、哲也君が……」
「そうなんです!良かったですね、今夜からはぐっすり眠れますよ」
理由を知り、雛子は複雑な気持ちになった。
眠れない自分の為に、結局は他人、とりわけ子供逹に迷惑をかけてしまった。そして、それによって本来、学ぶべきはずの時間を失わせた事に。