非日常 - 冬と春の暖かさを --1
──冬は嫌いだ。
鈍い灰色の空。鴉は鳴くけれど、街の喧騒にかき消されて気づかれない。
コートの内ポケットに無造作に入れていた携帯を出し、かける相手もいないのに通話ボタンを押した。
無機質な音が微かに聞こえて、ぼんやりと思う。
──デタラメな番号を押してみようか。
今や一人一台持ち歩いている時代。例えデタラメでもきっと名も知らない誰かさんに繋がるのだ。
その誰かさんに自分は一体何を話すというのだろう。
──馬鹿か、俺は。
口の端を歪めて自嘲的に嗤った。
何の疑問も持たないまま学校を卒業していき、就職し、ただ毎日同じ仕事をし続けていくうちに気づいた無気力な自分。
果たして自分は生きているのだろうか。
いつの間にか歩くことをやめてしまった脚は、ウェディングドレスを着たマネキンのショウウィンドウを向いていた。
真っ白な、どこまでも無垢を象徴したドレス。
いつかは隣にこのドレスを着た彼女と並んでいるはずだった。
大学から付き合っていたサユリは、自分には勿体無いくらいの女だった。体の相性だって抜群だった。
無邪気に笑う彼女を見るのがいつも楽しみだったのに、仕事に追われてからはすれ違う毎日で。
電話することすら億劫になっていた。
毎日50通はしていたメールも、日を追うごとに30、10、5・・・1通も送らない日が出来るようになって、1ヶ月にいっぺんに。
付き合うことに疲れていた。
「はぁ・・・」
白い息を吐き出し、天を仰ぐ。
────────・・・ポフッ
「・・・・・・あれぇ・・・?」
足元に軽い衝撃を覚え、フと視線をやるとピンク色の塊がなにやらモゾモゾしている。
「・・・パパじゃな〜い・・・」
黒い2つの目が俺を下から覗き込み、・・・いや、凝視している。
(迷子?)
この街中で、この迷子の案内放送でもやれというのか。
「・・・はぐれたのか?」
放っておいた最低な人間、というレッテルはさすがに避けたい。
そんなちょっとしたエゴのためにこの小さな女の子に話しかける。
「あのね、リカちゃんを探してたの」
・・・・・・筋が合ってない。
「・・・リカちゃん・・・?」
「こっちにあると思ったんだけど・・・」
"パパ"を探していたんじゃないのか?リカちゃんってなんだ・・・??
「リカちゃん・・・・・・どこにもないの・・・」
段々と黒い瞳に涙が浮かんでくるのがわかる。
この時点になって、ようやく焦りが表立った。
「いや、ちょ、ちょっとまて!泣くなって!」
「リカ・・ちゃ・・・パパァ・・・っ」
うわぁぁぁぁぁん!!と実に子供らしく泣く姿に、自分らしくもなくオロオロしてしまう。
このまま、この小さな珍獣と公衆の晒し者になるのか、それとも・・・。
「わ、わかった!一緒に探してやるから!!!」
間近で聞こえた大きな声で驚いたのか、ピタリと泣き声が止んだ。