非日常 - 冬と春の暖かさを --2
「チカっていうの」
遠くからでもわかるように肩車をしてやると、迷子だということも忘れてはしゃぐ珍獣は一人で話し出す。
「オジサンはなんていうの??」
「・・・オニイサンな。」
「オニイサン?」
頭の上で首を傾げる様子が、見なくても分かる気がする。
「・・・ユウトだよ。タカノユウト。」
オジサンとオニイサンでムキになってどうするのか、と小さく舌打ちして答えてやる。
「ユウおじちゃんだね」
「・・・ユウでいい」
「ユー?」
面白そうに自分の名前を繰り返すチカに、溜息をつく。
「パパはねぇ〜、背が高くってねぇ〜、かっこよくてねぇ〜」
足をブラブラさせながらゆっくりしゃべる。
「マサ君はパパの次に好きなんだぁ〜」
リカちゃんの次はマサ君か。
この子の口からは次から次に固有名詞が飛び出していく。
「えへへ、高いねぇ〜!」
心底嬉しそうにはしゃぐチカに、別に悪くないな、なんて思っている自分がいる。
口の端を緩め、落ちないようにしっかり支えてやった。
「リカちゃん、ママに買ってもらったの。なくしちゃダメよ、って。大事にしなきゃ、リカちゃんどこかにお出かけしちゃうわよ、って言ってたの」
「・・・大事にしなかったのか?」
「・・・・・・わかんない。でもね、夜寝るときはリカちゃんいないと寝られないの。」
リカちゃん、私の事嫌いになっちゃったのかなぁ?とポツリ寂しそうに呟いて・・・
「・・・チカ」
「ん?なぁに?」
「お願いだから、髪の毛は引っ張らんでくれ」
俺は頭の毛が全て毟り(むしり)取られやしないかとヒヤヒヤした。
「あのな。別にお前が嫌いになったからいなくなったんじゃないと思うぞ。」
「・・・・・・ホント?」
(お前の不注意だと、思うんだがな・・・)
「ちゃんと帰ってくる?」
「あぁ。」
「ホント?」
「うん」
「ホントのホントに??」
「ホントに。」
そう答えた瞬間、頭に痛みを感じる。
また引っ張ったな、と言おうとした時。
「よかったぁ〜〜〜」
目の前が真っ暗になって、替わりに頭全体に暖かな感触がした。
「ち、チカ!前が見えない!」
相手はまだ5歳の幼稚園児だというのに、抱きしめられたのだ、と分かった途端、何故か顔が熱い。
心臓まで変な動きをし始めた。
「ごめんなさいっ!」
腕が緩んでまた頭に痛みが走るけれど、もうそれを口に出そうという気はしなかった。
「チカっ!」
「パパぁ」
後ろから低めのバリトンが聞こえ、チカが反応する。
あぁ、とりあえず保護者が見つかった、とホッとする反面、どっかでもう少しこのままで、と思った。
・・・冗談じゃない、ガキが趣味なわけじゃあるまいし。
妙な考えを振り払い、営業で身に着けたお得意の愛想笑いを浮かべて"パパ"に事情を話そうとした、が。
「僕のチカに、何をしたんだい!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「パパ?」
チカの足がまだぶら下がる肩を掴まれ、鬼のような形相で迫ってくる"パパ"に命の危険さえ感じてしまった。
「僕のチカを誘拐して何をするつもりなんだー!!!!」
「・・・・・・・・・誤解です」
今まで見たことのない顔なのか、チカまで顔が引き攣っている。
「待ってて、って言ったのにいなかったじゃないかぁ!リカちゃんを置いていくなんて、タダゴトじゃないだろう!!」
ふと見ると、彼の手の中には少しくたびれたリカちゃん人形が握られている。
「リカちゃん?」
「あ、リカちゃんだぁ!!」
頭を軽く叩いて、降ろして、と主張するチカに勿体無いな、という気持ちがまた浮上した。
脇に手を入れて慎重に降ろしてやると、パタパタと"パパ"の手の中のリカちゃんに向かっていく。
「よかったぁぁ〜!」
さっきは見られなかった、チカの嬉しそうな顔。
春みたいなヤツ。
春一番のように振り回して、春のような暖かい笑みを見せるヤツ。