fainal2/2-60
「お前のことだから、甲子園常連校を選んでんじゃねえのか?」
直也の執拗な攻めに、佳代は「仕方ない」とため息を吐いた。
「九月になってからね。わたし、学区内の高校全部に手紙を出したんだ。野球部に、わたしを受け入れてくれますか?って」
「お前……」
「そしたらさ、三校が受け入れるって返事をくれた。その中に、光陵高校の河原さんがくれた手紙もあったんだ」
「だけどお前、光陵って偏差値六十はないと……」
「だから、明日から塾に通うの。ナオちゃんと有理ちゃんと三人で光陵に行こうって。
残りの五ヶ月、わたし必死になって勉強やるつもりだよ」
「そうかあ……」
思ったよりちゃんとしている──直也は、佳代の計画性を感心した。
「光陵高校なら変なセレクションもないし、鍛えてもらえるな」
「そう!……ところで、直也の方は?」
「俺のはいいよ」
答えようとしない直也に、佳代はムッとする。
「教えなさいよ!わたしだけ喋らせるなんて、狡いよッ」
「わかったよ」
直也は、はにかむように訥々と喋り出した。
「い、入部商業から……特待生で来ないかって」
「凄いじゃない!」
「俺だけじゃなくて、達也も一緒なんだ」
「じゃあ、また達也とバッテリー組むんだ!」
「あ、ああ……厭な奴だが、そうなるな」
直也の口ぶりが、佳代には拗ねた子供のようで可愛いらしく映る。
「でも、あんたが入部商業なんて意外だね。てっきり、兄貴の後を追って光陵かと思ったけど」
そう訊かれた直也は、何とも感慨深い表情になった。
「……もう、兄貴の背中を追っかけるのは辞めだ」
「直也……」
「再来年、俺は入部商業のエースになって、兄貴と対決するんだ」
「……いいね、それ」
直也の新たな目標。佳代には何とも羨ましい。
「でもよ……」
直也は、急に神妙な声になった。
「お前だって高野連の規約は知ってるよな?」
高野連、すなわち高校野球連盟は、女子部員の公式試合出場を認めていない。
「もちろん知ってるよ」
「それでも、男に混じって野球やるのか?」
「どうしてよ?」
「そっちより、女子硬式野球部とか、ソフトボールとかあるからさ」
悪意ではなく、心配から出た言葉だった。三年間、試合出場も叶わずに才能を浪費することに対して。
問われた佳代は遠くに目をやった。大会前は短かかった髪も、肩口まで伸びて風になびいている。
「知ってる?今年の甲子園予選の開会式で、女子部員が選手宣誓と始球式をやったって。
だからね。わたし近い将来、女子部員が試合に出れるって信じてるの」
「それが、自分の時じゃなかったら?」
「その時は、マネージャーでも記録員でもなってベンチに入る。絶対、グランドを踏みしめるんだ」
そう答える顔には、屈託のない笑みが浮かんでいた。