fainal2/2-58
健司と加奈は、無謀とも思える娘のプレイを見て、軽い脱力感に見舞われていた。
「凄い試合だったなあ」
「本当。あの娘が、あんな無茶やるなんて……心臓が潰れちゃうかと思ったわ」
「やっぱり、佳代は君の遺伝子の影響が強いようだ。ぼくには、あんな真似出来ないもの」
皮肉めいた健司の言葉に、加奈が素早くやり返す。
「大学の自動車部でラリーに出て、車を全損させたのは誰だったかしら?」
「あ、あれはナビゲーターの指示が!」
顔を赤らめて反論する健司を加奈は笑った。
「それより、帰りましょう」
「えっ!?まだ表彰式も残ってるのに」
「今日はお祝いだから、準備があるのよ」
「仕方ないな……」
健司は諦めて立ち上がろうとする。加奈は立ち上がって、ふと、息子の修のいる方向に目をやった。
修は仲間から少し離れた場所で、じっとグランドを見つめている。その横顔には涙の跡があった。
(相変わらずの姉ちゃん子か……)
加奈は、安心したかのように笑顔を湛え、球場を後にした。
放送ブースの中には、沈黙が訪れていた。
人間は興奮するとニ種類に大別出来る。饒舌になる者と、寡黙になる者に。少なくとも二人は後者のようだ。
「藤野……」
先に口を開いたのは榊の方だった。彼は昔の呼び方で一哉を呼んだ。
「さっきの佳代のプレイ、お前にはどう映った?」
静かな口調。それはまるで、興奮した自分を必死に抑えているかのようだった。
「榊さん……」
一哉も同様に静かに語り出した。
「わたしの考えは、いつの間にか間違っていたようです」
「そうか」
「これほどの昂りは、自分で全国制覇した時以来です」
一哉は見た。ホームで激突する寸前、佳代の眼が、ノックで対決した時同様に“ケモノ”と化したのを。
己の身を削ってでも奪う──それは、一哉自らが歩んで来た道だったのだ。
「おお!それじゃあ」
喜ぶ榊を、一哉は右手で制すると、
「永井さんと葛城さんには謝罪しますが、チームに残るつもりはありません」
頑なに慰留を拒否した。
「何が不満なんだ?」
榊が理由を訊き出そうとするが、一哉はただひと言「他に目標が見つかった」と答えるだけで、再びグランドに目を移してしまった。
優勝を手にした子供たちが心から喜ぶ姿に、一哉は、孤高な存在だった自分と重ね合わせていた。
全員で勝ち取る野球──それは本来、彼が一番やりたかった野球だったのだ。
「実にいい笑顔だ……」
一哉の目には、佳代が映っている。その弾けるような笑顔は、これまでの辛苦をすべて忘れ去っているようだった。