fainal2/2-56
「だあッ!」
川畑は、瞬きするほどの間にバットをボールの軌道に合わせる。当たる瞬間、右手首を返さず押し込むように振った。
──キンッ!
打球は三遊間へ飛んだ。予め、センター寄りに守っていたショートは必死に食らいつこうとするが、打球は無情にも脇をすり抜けていった。
「回れえッ!」
和田は必死になって右手を回す。佳代の右足のスパイクは三塁ベースを足場にして、スピードをさらに増すと、ホームへと向かった。
揺れる視界の先に、キャッチャーの姿が見える。ホーム手前で立ちはだかるつもりだ。
三塁を駆け抜けた時、打球を目で追った佳代は、際どいタイミングだと直感していた。
(多分、回り込む暇はない)
そう思った瞬間、佳代の中で何かが弾けた。阿修羅のごとく鋭い眼光を放ち、地面を蹴る足にさらなる力を加えた。
キャッチャーは、しゃがみ込んでブロックの体勢に入った。
次のバッターである一ノ瀬が“滑り込め”と、ジェスチャーを送る。キャッチャーが捕球体勢を取った時、
──みんな、ごめん!
佳代は低い体勢を保ったまま、左肩からキャッチャーに激突した。
「なにッ!」
一哉は思わず立ち上がった。
「ぐうッ!」
凄まじい衝撃は骨を軋ませ、肉を激しく揺らした。佳代にとって耐えられるものではなかった。
佳代は仰向けのまま、気が遠くなっていった。
その刹那、彼女は見た。初めてボールに触れた、ドルフィンズに体験入部した時の出来事を。
初めて、野球と出逢った日のことを──
「はっ!」
佳代は意識を取り戻した。開いた目に飛び込んで来たのは、青い空だった。
「痛ッ!いたたた……」
激突の代償は高くついた。全身が痛みで身動き出来ない。
「痛た、くそ……」
何とか上体だけ起きると、ニメートルほど離れた場所にキャッチャーがうずくまっていた。
その傍には、ボールが転がっていた。
「……どうなったの?」
ふと、足下を見て驚いた。両足がホームベースの上に乗っていたのだ。
「ホームイン!ゲームセットッ」
主審が試合終了を告げた。
次の瞬間、球場全体が歓声に包まれ興奮の坩堝と化した。