fainal2/2-53
(これも試合の為だ……)
咄嗟に出たでまかせ。省吾は心の中で自分に言い聞かせた。
九回裏、青葉中の攻撃は一番の乾から。この回、最低でも同点に追いつかなければ、青葉中は敗れ去る。
(何としても、俺が出ないと)
乾は、気合いを入れて打席に立つとマウンドに目をやった。
そこには、疲弊したエースピッチャーが立っていた。「まだチャンスはある」と乾は思った。
「プレイ!」
主審の右手が挙がった途端、球場全体が喚声に包まれた。
決勝戦に相応しい好試合は、観客すべてを虜にしていた。
乾は、ぎりぎりまでホームに近づいて構える。それを見たキャッチャーは、初めて内角へのカットボールを要求した。
身体に近い変化球は捉えづらいからだ。
ピッチャーが初球を投げた。対角に食い込んでくるボール。内角が得意な乾が手を出そうとすると、ボールはわずかに外へ下へと変化するではないか。
「おっと!」
かろうじてバットに当て、ファールで免れた。
(こいつら、ここに来て投球パターンを変えてきやがった)
薄氷を踏むような状況下で、大胆な攻めを見せる。それだけ相手も必死なのだ。
乾は構え直す。今の球を見せられても、足の位置に変化はない。キャッチャーは再び、内角のカットボールを要求した。
ピッチャーは、絶え々の呼吸を繰り返しながらニ球目を投じた。ボールが初球と同じ軌道で迫ってくる。乾は、先ほどよりタイミングを遅らせてバットを振り出した。
ボールを手元まで引き付けて変化を見極め、左手で押し出すように振った。
──キンッ!
打球が左に飛んだ。ショートがジャンプしてグラブを伸ばすが、わずかに及ばずレフト前に落ちた。
「乾が出たぞ!」
同点に追いつくチャンスが訪れた。青葉中のベンチはもちろん、三塁側スタンドも今度こそはと願いを寄せる。
ニ番足立は送りバントで乾をニ塁に進めた。
「ふぅーッ」
佳代はネクストから立ち上がると、深く息を吐いて左打席に向かった。
左足から打席に入り、地面を掻いて足場を固める。極端に狭い足幅で、やや左足に体重をかけ、少しバットを寝かせ気味に構えた。
得点圏にランナーをおいて、最初で最後かも知れない打席が巡ってきた。緊張よりも、奮い立つ思いが涌き上がる。
キャッチャーは予め、内野を深く、外野は浅めへと守備位置を変更する。データが、佳代に外野への大飛球はないと示していたからだ。
力の劣る者に対して変化球は無用。キャッチャーは内角への真っ直ぐを要求した。
(こい!)
五日ぶりのバッティングだが、前日の練習で感覚は覚えている。しかも怪我による連日走り込みは、自分の足腰が前以上になったと佳代は知っている。
──キンッ!
思い切り振ったバットは鋭い金属音を残し、強烈な打球をライト上空へと運んでいった。