fainal2/2-52
「……!」
ボールは空気を切り裂いて、バッターの懐深く、達也のミットと寸分違わぬコースを走った。
達也は、左手に伝わってきた痺れ具合を確かめながら、一人ほくそ笑む──思惑通りになったと。
こうなった佳代は打てない。達也は、再び内角にミットを構えた。
ニ球目はバッターも反応したが、明らかに振り遅れている。
(じゃあ、最後はこれだ)
達也はサインを送った。佳代は頷いて、三球目を投じた。
内角のクロスファイヤー。狙いが外れたのか、バッターは反応出来なかった。
「ストライクスリー!」
バッターを見逃し三振に斬った途端に、前のめりだった一哉の身体は椅子の背に預けられた。その様子を見た榊は、思わず笑ってしまった。
「ようやく、ひと安心ってところか?」
「どうですかね」
一哉はバツが悪そうに、気のない返事をする。それが益々、榊の笑いを誘った。
「ニアウト!バッター注意よッ」
ニ死ながら、達也は手綱を引き締める。ここを正念場と解っているのだ。
内野陣を併殺体制から定位置に戻し、浅めに守っていた外野を後ろに下がらせる。
一番バッターは左打席に入ると、入念に足場を固めてからバットを構えた。
(何をやってくるか解らんが、バントはないな)
──例えセーフティバントを決めても、次のニ番が好打を打てる確率は低い。だったら、自分が決めたいと思っているだろう。
達也は、ここで外に逃げるスライダーを要求する。真っ直ぐの威力はわかったが、未だ未知数な変化球を試してみようと思った。
頷いた佳代は投球動作に入った。右足が窪みを踏み、上体が反転してくるにも拘わらず、バッターからは左腕が出てこないほどの柔軟な肩。これこそが、彼女の類いまれな投球を支えていた。
リリースの瞬間、佳代は中指でボールを斬った。横回転が加わった内角へのボールは、途中から急激に横滑りして外角いっぱいに収まった。
(スライダーも完璧だな)
結局、一番バッターはバットにかすらせる事も出来なかった。
「やった……」
一番から三振を奪った時、佳代は初めて安堵のため息を吐いた。
「佳代!よくやったぞッ」
ベンチの仲間が、観客が、彼女の復活を心から喜んだ。
「ねえ、直也は?直也はどうなったの」
佳代はベンチに戻るなり、省吾に直也の状態を訊ねた。
省吾は一瞬、躊躇ったが、
「心配するな。脳震盪だけだそうだぞ」
「本当!」
「ああ。さっき医務室から連絡があって、気がついたそうだ。今は診察中で、終ったら戻ってくるってさ」
「良かったァ!」
良い知らせは、佳代の心積もりを大いにプラスへと傾かせた。