fainal2/2-50
「わかった」
すでに八分の投球は出来ている。後は全力を試すだけだ──佳代はブルペンのマウンドに立つと、最初から飛ばしていった。
直也は気を失ったまま担架に乗せられ、グランドから去ろうとしていた。スタンドは思わぬ出来事に、未だ、騒然さの中にあった。
「どうしますか?しばらくなら治療を待ちますが」
主審に促され、永井は交替を決断した。ただちに伝令を送り出し、選手交替を告げた。
主審は交替の選手を確認した後、バックネットにある球場アナウンス室にその旨を伝えた。
アナウンス室はただちにマイクを通じて、告げられた選手を球場全体に報せた。
ピッチャー、川口くんに変わりまして、澤田さん──
「やっと出てきた!」
途端に、怒号のような歓声が三塁側スタンドを包んだ。
五日ぶりに戻って来た背番号十六を、皆は待っていた。
身内だけではない。バックネット側や一塁スタンドでさえ、拍手を送る者がいた。
県の中学校野球で唯一の女子選手である佳代を、観客は待っていたのだ。
しかし、今の佳代には歓声も拍手も届かない。心にそれだけの余裕は消えていた。
先ほどの直也のことが頭から離れず、緊張と不安の中にいた。
「さあ、こい!」
集中することが出来ないままの投球練習となった。佳代はマウンドを均すのもそこそこに、達也のミット目掛けて投げ込んだ。
(これじゃ……)
初球を受けた途端、ざわめく達也の心。怪我する前と比べて、キレ、スピード共に足下にも及ばない。
おまけに制球も劣っている。達也はすぐに、永井へ「替えてくれ」とサインを送った。
サインを送られた永井は、内心で頭を抱えた。佳代が使えないとなると、淳を使うしかないが、せいぜい十一回までが限界だろう。
その先がニ年生の中里となれば、結果は自ずと決まってくる。
(とにかく、様子を見よう)
永井は「待て」のサインを返しながら、神にも祈る気持ちで佳代を見つめていた。
「プレイ!」
一死一塁で試合が再開した。沖浜中は代打攻勢を仕掛けてきた。左打席に入った小柄なバッターは、達也の目に足が武器だと映った。
(先ずは低めの真っ直ぐだ)
達也の構えたミットは内角低め。佳代はセットポジションから右足をステップする。
その瞬間、一塁ランナーは地面を蹴った。盗塁を仕掛けてきたのだ。
(しまった!)
ランナーが走り去る姿を視界に捉え、佳代は動揺する。
急いで投げようと力んでしまい、ボールはミットを大きく外れてしまった。
捕った達也はランナーに目をやったが、すでに刺せる位置ではなかった。
沖浜中は、佳代のことも完璧に調べ尽くしていた。だからこそ、初球から走ってきたのだ。