fainal2/2-5
「おっと、始まるな」
二人は、そこで会話を切り、再び試合に集中した。
乾は左打席に入りながら、昨日、一哉が投げてくれたカットボールの軌道を頭に思い浮かべた。
(初っ端なからヒットにして、相手を慌てさせるのが理想だが……)
左バッターからすれば外へ逃げていく球。乾は普段より少しベース寄りに立った。
出来れば相手の決め球を打って塁に出たい。それが無理なら、たとえアウトになっても球数を放らせる、先頭バッターとしての役割を果たそうと思った。
「よしッ、こい!」
声を発し、気合いを入れて乾は構える。マウンドに立つピッチャーを見た時、真っ先に思い浮かんだのは“小さい”だった。
これまで対戦した中では、最も小柄な部類だろう。とても、永井に聞かされたような、並外れた実力を有しているとは思えない。
だが、その印象は初球を見た瞬間、拭い去られた。
力感のないフォームから繰り出された外角へのボールが、手元で小さく、鋭く変化したのだ。
(なるほど……)
最初から手の内を見せてくるとは余程の自信なのだろう。現に、昨日見た一哉のボールより変化が鋭いように感じた。
(しかし、打てん球じゃない)
乾は構え直す。キャッチャーは、彼の足元を確認してサインを出した。
ピッチャーは小さく頷くと、右足をプレートにのせた。
胸の前で両手を合わせる。左足が地面から上がり、膝が腰の高さで止まった。
身体の捩りは少なく、軸足である右足と左足との交差もわずか。軸のブレを抑えて制球の精度を高める為だろう。
右腕を折り曲げて身体で隠すことで、ボールの出どころをバッターから見辛くしている。
上体が右に回転し、右腕を振り抜いたと同時に乾の懐近くにボールが飛んできた。
「くっ!」
タイミングを合わせていた筈なのに、バットは振り遅れた。
(捉えにくいな)
特筆するほどの速さはない。なのに、球持ちの長さとキレで球速以上に速く感じさせる。
追い込まれた乾は、バットのグリップをひと握り余らせる。粘ってやろうと。
キャッチャーは迷わず、カットボールを選択した。
三球目が投じられた。ボールは外角低め。乾は腕だけを伸ばしてボールを捉えにいく。先ほどの内角攻めが効いて、踏み込みが浅くなっていた。
ボールは、外に逃げながら沈み込んだ。乾のバットはかろうじて捉えたが、力ない打球となってピッチャー正面に転がった。
「くそっ!」
思惑とは大きく外れたように見える打席だが、全く収穫がなかったわけじゃない。
「思ったより、小さく鋭く曲がるぞ……」
乾は退散する際、足早にネクストから打席にむかう足立と、ベンチからネクストにむかう省吾に、対戦で得たことを手短に伝えた。
自分の感じた事を仲間に伝える。伝えられた内容は情報として用いられ、同じ失態を繰り返さず、早い段階で有利に進める為の規範となる。