fainal2/2-48
「そんなバカな!」
青葉中にとって、あまりにも不利な判定。当然、三塁側スタンドから不満の声があがった。
一方、森尾の下に中里が走ってきた。その手にはコールドスプレーが握られている。
「どこですか?」
森尾は手袋をとって当たった場所を指差す。薬指のつけ根が、少し腫れていた。
中里が患部をスプレーする。辺りにもうもうと白い煙があがり、その中心で森尾が顔を歪めた。
コールドスプレーは、患部を急速に冷やし、痺れはさせるが大して痛みは和らがない。指などでは、逆に感覚を失ってしまう。森尾は左手を何度か握ったり開いたりしながら、感覚を確かめる。
その時、沖浜中のキャッチャーと目が合った。マスク越しの眼が嘲笑しているのを見て、森尾は全てを覚った。
(さっきの仕返しかよ)
ホーム生還の際、森尾にふっ飛ばされた報復に、わざと狙って投げさせたのだと。
(こうなりゃ、意地でも出塁してやる)
強い気持ちで打席に立つ森尾だが、左手に力が入らないのは致命的だった。
すぐに追い込まれてしまい、四球目のカットボールを叩くが、サードゴロに打ち捕られてしまった。
「また、駄目だったか……」
三塁側スタンドで尚美は思わず心情を漏らした。流れは完全に青葉中なのに、あと一歩のところで抑えられているのが歯痒いのだ。
そんな尚美を間に挟んで、山崎和己が信也に声をかけた。
「おい、あれ見ろ!」
和己の指差す方向には、マウンドに向かう背番号一の姿があった。
「どうして……どう考えたって前の回で交代だろう」
信也は信じられないといった形相だ。
「永井さんは、直也と心中する覚悟なのかも知れんな」
「心中って?」
意味が解らない信也に、和己が言った。
「榊監督とお前の関係と同じさ」
「俺と監督って?」
「お前が先発の時は劣勢でも替えなかったろ。それと同じだと言ってんだ」
信也は思い起こした。ニ年生の秋、新チーム発足と同時に榊からエースだと言われた時の事を。
いきなりの抜擢に信也は戸惑い、それがピッチングにも顕れた。練習試合でも思うように勝てない日があった。
しかし榊は、絶対に交代させず完投を命じた。勝敗を優先せず、責任感を持たせる為に信也に託した。
そのおかげで、信也は名実共にエースと呼ばれるまでになれた。
しかし、それが直也に当てはまると信也には思えない。
「確かにそうかも知れんが、俺のは練習試合、今は優勝がかかった試合だぞ」
「だからこそだ。エースで敗れたのなら、納得もいくだろ」
「そんなのはおかしい。澤田や橋本がいるのに、直也に託すなんて俺は納得しない」
次第にエキサイトする二人の会話。ただ、間に挟まれた尚美には堪らない。
「あの〜……」
つい、口を挟んでしまった。
「そろそろ、試合始まりますけど……」
途端に信也と和己の会話は途絶えた。互いが決まり悪そうにグランドを見つめた。
(意外と頑固なんだ)
ただ、尚美にすれば、自分の知る以外の信也を見ることが出来たのは、収穫だった。
そして、もっともっと知りたいと思った。