fainal2/2-36
「何が、そんなにおかしい?」
「やっぱり、頼み事をする時の監督は前置きが長いですよ」
榊の目に動揺が映る。が、それも一瞬だけで、すぐに平静を装おった。
「何の話をしてるのかね?」
「まあ、いいでしょう。大方の予想はつきますから」
「そうかね……」
会話はそれきり途切れ、二人はまたグランドに集中した。
何故か、清々しい顔をしていた。
七回表。直也は七番から始まる沖浜中の攻撃を三人で終えて、ベンチに引き上げる。
三回途中からの中継ぎ登坂は連投と睡眠不足も相まって、直也の身体を蝕んでいた。
「ハァ、ハァ……」
戻るなり、椅子に身体を投げ出す始末。もはや、疲労がピークに達しているのは明らかで、永井も葛城も、これ以上の登坂は無理だと覚った。
「葛城コーチ。次の回で佳代に替えましょう」
「そうですね」
二人がそう決断した時、
「ちょっと待って下さい!」
直也は立ち上がり、永井に詰め寄った。
「まだ行けます!八回、いや、うちが追いつくまで投げますッ」
喰って掛かるという形容詞がぴったりな、若くて強い信念は永井の心を揺さぶった。
「気持ちは解るが、次は一番からだぞ」
「俺が長く投げれば、延長になってもうちが有利になれますッ。だからお願いします!」
いつしか、二人の会話は周りの耳に届いていた。
聞こえた言葉は、選手たちの心に思い起こさせた──全てを犠牲にしてでも勝利を欲しろ、との助言を。
「分かった。もし、ピンチを迎えたら即、交替だ。それでいいな?」
「あ、ありがとうございます!」
永井は腹を括った。選手たちも思った。エースの奮闘を無駄にしてはならないと。
七回裏は、九番の森尾から。彼はひそかに、浮き上がる球に期待していた。
森尾は小学生時代、他のメンバーと違ってソフトボール経験者だ。
右打席に入った森尾は、普段よりスタンスを広く、バットの位置を低くした。その構えは、野球より体感速度が速く、下投げであるソフトボールの打ち方だった。
(さあ、どんなボールだ)
初球を見送った森尾は、球筋をじっくりと見てソフトボールと比較する。
(思ったとおり、軌道が似てる……)
実際に浮き上がってくるのではない。強烈な逆回転を与えられたボールの落ち幅が小さいから、そう見えているだけだ。