fainal2/2-35
「あの中継ぎ。どう思う?」
それは唐突なことだった。
ガラス越しに戦況を窺っていた榊が一哉に訊いたのだ。
「どうって?」
「あのフォーム。君のことだから、何か一家言あるんじゃないかと思ってな」
どこか揶揄するような口ぶり。一哉は、ちょっと考えて答えた。
「……長い歩幅で前傾を増し、通常のリリースポイントより前でボールを放つ。
プロでもいますが、褒められた投げ方じゃないですね」
「それは、どのへんがかね?」
「最も肩に負担のかからないリリースポイントから、大きく外れてます。
腕は、わずかコンマ数秒の間に、ゼロから時速百数十キロにスピードを上げて、またゼロに戻る。これは、どんな機械にも真似出来ない動きであり、それ故に強い負荷が肩にかかります。
間違ったリリースポイントは肩への負荷を増して、選手としての寿命を縮めてしまう。だから駄目なんです」
熱を帯びた口ぶり。長年、野球と共に生きてきた者としての憤りが垣間見える。
そんな中で、榊は、はっきりとした口調で言った。
「わたしはそうは思わんな」
思わぬ反論。一哉の眼窩の奥がぎらりと光った。
「どういう意味ですか?」
低く、冷たい声には、怒気を含んでいた。
「仮に先ほどのピッチャーが、あのフォームでレギュラーになれたとしたら、君はどうする?」
榊は構わず詰問を浴びせ掛ける。
「あの選手が、浮き上がる球があってこそのレギュラーだとしたら?
あの選手はすべてを承知して投げ続けるんじゃないのかッ」
厳しさの中に優しさを含んだ榊の顔。一哉の中で、中学時代の思い出と重なった。
「選手たちは、怪我しても先ず申し出ない。特にレギュラーなら尚更だ。自分のポジションが控えに奪われはしまいかと気掛かりから無理をして、さらに怪我を酷くする。
誰だって試合に出たい。チームに貢献したい。そのために、どんな犠牲を払ってもいいと考えてるとしたら、それは自然なことだとわたしは思う」
何か裏があるな──一哉は、この議論の行き着く先が何なのかを知りたくなった。
「わたしの指導はお節介だと?」
「そうは言わん。今後、君のような知識は、中学野球でもさらに必要になると思う。
だが、それはある領域までのことで、その先は選手が決断するべきことだ。
これは、幾ら時代が変わっても変わらんよ」
「中学生に決断を任せるんですか?」
「お前はどうだった?」
榊の言葉遣いは、十三年前に戻っていた。
「俺の監督就任一年目。全国大会で、お前はずっと一人で投げ続けてくれた。
俺が身体を気遣っても、笑って相手にもしない。あの時、無理してでも止めれば良かったのか?」
なるほど。そういう事か──榊の狙いが解った一哉は、高笑いを始めた。