fainal2/2-33
「あの歩幅って、七歩以上あったよね」
先ず佳代が感想を述べた。すると、すかさず淳が、
「七歩か七歩半。普通より一歩は長いな」
「それに、あのリリースポイント……」
そこに省吾も加わって、各々が意見を被せていく。
「最初の動きもだが、あの上体の倒し込み……相当、腹筋、背筋が強くないと無理な投げ方だ」
「そういうことだな」
最後に達也も加わって、皆の意見を統括する。
「あのピッチャーは多分、エースを休ませる為のつなぎだ」
「どういう意味だ?」
省吾が訊いた。
「あれだけ無茶な投げ方してんだ。あの調子が最後まで持つとは到底思えない。
持たないから、エースをライトにやって保険をかけてんだろ」
「だとしたら、早めに何とかすれば、またエースを使わざるを得ないってことか……」
「そういうこと。球数を放らせて球の力を無くしてやるんだ。エースに休みなんか与えてなるかよッ」
仲間同士の議論は決議した。
決議はすぐに選手の意見として永井に伝えられ、永井は葛城と協議した後に独自で決断を下す。
「よしッ!その考えで行こう」
決断した永井は直ちに指示を出して、選手全員の意志の統一を図る。
このように“試合中に選手の意見を取り入れる”環境を採り入れたのは、歴代青葉中監督では永井が初めてである。
それまでの個性を抑圧し“選手を指揮官の手足として扱う”のは前時代的であり、何より、選手たちの大事な感性の成長を妨げてしまう。
だったら選手達にも責任を与えてやり、自主性、すなわち、試合の流れを掴むための感性を磨いてくれればと、敢えて採用を思い切った。
採用後、永井は忍耐力と度量で選手を見守り続け、そしてようやく、実を結びつつあった。
川畑に続く一ノ瀬、秋川とも出塁叶わず、青葉中の攻撃は終わった。
相手ピッチャーが費やした球数は十ニ球。なかなか、こちらの思惑通りに事が運ばない。
「こっちも、しっかりやろうぜ!」
相手が失点しない以上、自分達が点を与えるなど遇ってはならないことだ。
達也はキャプテンらしく、皆を鼓舞してベンチを出た。
「締めて行こうぜ!」
残された控え選手も手を鳴らし、声を張り、グランドにむかう仲間に気合いを送り込む──自分たちも戦っている、という気持ちの顕れだ。
「澤田さん、ありがとうございました!」
「頑張ってね!」
投球練習も終わり、佳代も、川畑とのキャッチボールを切り上げてベンチに入ろうとした時、
「澤田さん、そろそろ準備に入りましょうか」
葛城の口が、出番が近づいた事を告げた。途端に佳代は、心臓を鷲掴みにされた感覚になった。
「さあ、行きましょうか!」
キャッチャー役の下加茂が、緊張を和らげようと気易い声をかける。なのに佳代は応えようともせず、無言のままブルペンに向かった。