fainal2/2-30
「くそッ!」
淳は悔しさのあまり、地団駄を踏んだ。
──あんな罠に引っ掛かってしまうなんて!なんと自分は愚かなことか。あそこでヒットなら同点は確実だったのに、何も出来なかったのが情けない。
「次の打席でやり返しなッ」
自己嫌悪を繰り返す淳の前に佳代が現れた。彼のグラブと帽子を携えている。
「試合での悔しさは、試合でしか晴らせないんだし」
励まされて、淳は空を仰ぎ見て唇を噛んだ。
──佳代と出逢ったのは小学校三年の春、ジュニア野球チーム“ドルフィンズ”に、入部した時だ。
それからずっと一緒だが、比較的、問題もなく過ごしてきた俺と違い、佳代は結構、辛い目に遇っている。
才能は有るのに、女子というだけでずっと補欠を強いられて、それでも腐らずに頑張っていた。
そんな佳代を認めたのは藤野コーチで、六年生の時にライトで九番を与えられて、手放しに喜ぶ姿が印象的だった。
中学になって、女子という壁はさらに増え、佳代はその度重なる幾つもの壁を、悩み、苦しんで、ひとつ々クリアしたのを俺達は知っている。
(それなのに、こんな笑顔で……)
淳は仰いだ顔を戻した。先ほどまでの自虐な顔は消えていた。
「ありがとよ!おかげで気分が晴れたぜッ」
淳はグラブと帽子を受け取ると、ポジションのセンターへと駆けていった。
淳が再びやる気になった事に自分が関わってるとは、佳代は知る由もなかった。
六回表、沖浜中は三番からの好打順だったが、ヒットでランナーを出しながらも後続を断たれて、無得点に終わってしまった。
そして迎えた六回裏。青葉中ベンチが俄に騒がしくなった。マウンドに立ったのは、背番号一ではなかったのだ。
「誰だ?あれ……」
「さあ、練習試合にもいなかったぞ」
背番号十六をつけたピッチャーがマウンドに上がり、先ほどまでのピッチャーはライトへ移っている。
沖浜中にはもう一人、練習試合で対戦したことのある、背番号十を着けたピッチャーがいるはずだが、それとは別人のようだ。
ベンチの全員が、たった一人の選手を傍観していた時、
「案外、全国大会用の隠し球だったりして」
何気に言った佳代の言葉は、仲間たちを不安がらせるのに充分だった。
「隠し球って、どういう意味だ?」
「し、知らないよッ、そう思っただけだから」
たまらず、直也が詰め寄って来た。佳代としては、あくまで思った事を口にしただけで他意はない。
「佳代!お前ッ」
しかし、不安を煽る佳代の不謹慎さが許せない。捕まえて説教してやる!──そう思って手を伸ばそうとした次の瞬間、直也はまた、目の前が暗くなるのを感じた。
「ちょ、なにッ!」
佳代の口から驚きの声が漏れる。目の前に迫っていた直也が突然、糸の切れた操り人形のようにくずおれたのだ。