fainal2/2-29
「直也!狙って行けッ」
ここで一発が出れば試合は振り出しに戻る。否、勢いからいえば、一気に青葉中に傾く。祈願にも似たみんなの想いが、直也の背中にのし掛かる。
こんな緊迫する打席は、どれだけの練習をこなそうとも得られるものではない。
それは選手にとって貴重な体験であり、後に大きく成長させる糧となる。
観客もベンチも緊張の中で行方を見守っている中、沖浜中がニ度目のタイムを取った。
それを見た永井の眉根に、苦悩の皺が刻まれた。
「橋本!ちょっと来い」
「はい!」
すぐに淳が呼ばれた。傍に立つ淳に、永井は肩に腕をまわして皆に聞かれないよう、背を向けて何かを伝えた。
表情は窺えないが、時折混じる手振りの具合が、厳しい話である事を誰もが理解した。
「いいか、冷静にいくんだぞ」
しかし、永井の話を聞き終えた淳は表情を一変させていた。頬を紅潮させ、眼には怒気が迸っている。
その変貌ぶりは、単に檄を飛ばされただけでない事は明らかだ。
「な、なにあれ……?」
淳の形相を目の当たりにして佳代は息を呑んだ。ただならぬ“気”を辺りに発散させ、近寄り難い中に身を置いている。
心配気に見守る佳代に、省吾が耳打ちしてきた。
「黙って試合を見てろ」
「そ、それより淳が……」
「見てれば、ああなった理由が解る」
「えっ?」
意味が解らないが、省吾はそれ以上、答えてくれない。仕方なくタイムが解かれるのを待つことにした。
マウンドの輪が解かれ、試合が再開された。
ネクストに下がっていた直也が打席へと向かう。随分と待たされた気分だ。
素振りをして打席に入る。初打席同様、つなぐ事だけを重視しようと思っていた。
ところが、
「ちょッ!何よあれ」
青葉中ベンチから思わず、怒りの声が沸いた。沖浜中キャッチャーが立ち上がったのだ。
三塁側スタンドから心無い謗りを浴びながら、ピッチャーは淡々と敬遠のボールを投じた。それも直也だけではない、達也にまでも。
満塁にして淳と勝負──沖浜中の出した答えは、いくらルールで認められていようと、観客には狡獪(ずる賢い)さしか感じさせなかった。
「淳ッ!気持ちをぶつけてやれ」
ベンチの仲間も、こみ上げる怒りを淳に託す思いで声援を送っている。
打席に向かう淳は怒りに満ちていた。沖浜中ベンチは、直也や達也より下だと見たのだ。
(絶対に後悔させてやる!)
勇ましく、何度も素振りを繰り返して打席に立った。それを見た永井は、自分の考えが浅はかだったと覚った。
(奮起はもちろんだが、冷静さを失わせない為だったのに……)
よかれと思ってやった事が、必ずしも良い結果をもたらす物ではない。
案の定、怒りに任せた振りではボールを捉えられず、淳は敢えなく凡打に打ち取られ、まんまと沖浜中の術中に嵌まってしまった。