fainal2/2-27
「沖浜中のピッチャーは、何球放りました?」
「えと、六十九球です」
「イニングあたり十七球か……」
永井は素早く考えた。
沖浜中のピッチャーは、この調子なら六回には百球に到達するはずだ。それに、ここニ試合でニ百球以上の球数を投げている。疲労が相当蓄積しているのは間違いない。
「乾ッ!足立!」
永井は、一番の乾とニ番の足立を呼び寄せる。
「何ですか?監督」
「この打席、アウトになってもいいから粘ってこい」
「えっ?」
「この回は捨てても構わんから、ピッチャーに球数を放らせるんだ」
永井は更に、森尾へサインを送った。森尾は監督の意図を確認すると、打席から内野を見回した。
サードの守備位置が、定位置よりやや後方に構えている。より広い範囲をカバーしようという位置取りだ。
森尾はペースのかなり近い位置で構えた。キャッチャーには、この行動の意味するところが掴めない。カットボール狙いとは、逆の位置取りだからだ。
キャッチャーは、試しにカットボールを投げさせてみることにした。そこで相手が顕した反応で意図を探り出そうと。
ピッチャーは要求通りにカットボールを投げた。
投げた瞬間は、ストレートと変わりがない。しかし、手前五メートルから内に下へと微妙に変化する。
抉るようなボールが迫ってくる。森尾は無意識に身体を後ろに反転させ、すんでのところで危険を回避した。
「あっぶねえ」
初球を見送り、再びベンチを見た。送られるサインに変わりはない。
(続行しろ……か)
森尾は確認し終えて打席に入り直す。足の位置を、さらにペースぎりぎりまで近づけた。その行動にキャッチャーは益々、困惑を深めてしまった。
ひょっとして死球狙いか──心の中にそんな思いが浮かんだが、すぐに打ち消した。それなら初球を、あそこまでして避ける理由がつかない。
意図が解めない以上、迂闊な攻めは危険だ。セオリーに沿った配球で様子を見るのが得策である。
キャッチャーは、外角低めにミットを構えた。
速い真っ直ぐが、ミット目掛けて飛んでくる。森尾は打ちに出たが、打球は高く舞い上がり、そのまま一塁スタンドに飛び込んだ。
今の反応でキャッチャーは「どうやら外狙いのようだ」と解んだ。
狙いが解ればしのぐ方法はある。キャッチャーは三球目にカットボールのサインを出した。
ピッチャーは頷き、投球動作に入った。躍るような直也とは対極な、力感のないピッチングフォーム。
上体を回転させて右腕を振りだそうとした時、森尾の構えがバントの体勢となった。
──コン!
打球は、三塁線に転がった。ボールがバットに当たると同時に、森尾は目で打球を追うことなく一塁目掛けて疾り出した。
サードが遅れて突っ込んで来るが、ボールを捕った時には、もう間に合うタイミングではなかった。
完全に不意を突かれてしまった。
「ヨォーシ!出たあッ」
永井が喚声を挙げて手を打ち鳴らす。思いどおり“上手くいった”事が、よほど気分が良かったのだろう。
この回は捨てる──そう決めたが、やられた内野安打の借りは機会を狙って返してやる。
年齢を重ねて監督という仰々しい立場になっても、勝負事になれば、時に十八歳のガキに戻ってしまう。まだまだ気の若い永井である。
四回にひき続いてランナーが出た。打席へと向かう乾に、気負いは欠片もない。チャンスを広げる必要もないので、逆にリラックスしていた。