fainal2/2-26
ランナーはつま先立つと、今か、今かと待ち構えた。が、直也の膝裏の皺は動かない。三秒、五秒と時間が経過しても、いっこうに投球動作に入らなかった。
ランナーに焦りが生じた。
その次の瞬間、ランナーの目は、ユニフォームの皺が伸びるのを見逃さなかった。スパイクが力強く地面を蹴った。
「走ったァ!」
ファーストの一ノ瀬が、走った事を報せた。
(かかった!)
直也は故意に右足に体重を掛けて、まんまとランナーを誘い出したのだ。
すぐさまプレートを外してセットポジションを解き、ニ塁カバーに入るショート秋川へと送球する。策に陥ったランナーは、逃げ場を失って敢えなくアウトとなった。
チャンスが潰えた沖浜中ベンチに嘆きのため息が漏れた。逆に青葉中ベンチは、全員が感嘆の声を発した。
「彼奴……あんなに牽制上手かったっけ」
佳代は目を丸くした。小学生の頃からずっと知っているが、牽制でアウトを奪ったことなど数えるほどしか記憶にない。
そんな疑問に、傍らにいた省吾が答えた。
「彼奴、春先に藤野コーチから指摘されて、葛城コーチと修正してたんだ」
「えっ!そんな事やってたの?」
「あの頃、お前は確か腰痛で別メニューだったろ」
それなら覚えがある。確かにあの時は、練習中に腰を痛めて動けず、新入部員の教育係をやらされていた。
「でも、地区大会も入れて初めてだよね」
「そりゃ達也がいるからな。誰も走ろうなんて思わないだろ」
「なるほど……」
納得して佳代は省吾に目をやった。
自慢するかのような口ぶりと満足気な顔──仲間の活躍を自分の事のように喜んでいる。
そう感じた途端、佳代の手は省吾の肩を強く叩いていた。
「な、なんだよ!?これはッ」
唐突な出来事は、省吾の感情を大いに混乱させた。
「あんたさあ、そんな眼で直也を見ちゃ駄目だよ。いつもは悔しそうにしてるじゃん」
「お、お前は、何を言って……」
省吾の顔が、みるみると狼狽えの色に変わった。佳代は見透かした顔で話を続けた。
「知ってるよ。直也が活躍すると、いっつも怖い眼をして。“負けるもんか!”って気持ちが、顔に出てたもんッ」
「……バレてたのか」
「うん。だから気持ち切り替えてさ。まだ、全国大会だってあるんだし、直也だけ活躍させるなんて癪じゃないッ」
佳代の慰めの言葉に、省吾は笑わずにはいられなかった。
思えば、直也のことをライバル視していたのは、佳代の方がずっと早くからだった。
だからこそ、活躍すれば素直に喜ぶし、悔しがりもする。それは認めているからこそ出来ることだ。
「わかったよ。明日から、出直しだッ」
「そう、その調子!」
省吾の中に、再び強い想いが涌き上がってきた。全国大会で、前にいた学校と勝負するんだという想いが。
結局、沖浜中は、ランナーを出しながら三人で終わった。
五回裏、青葉中の攻撃は九番の森尾から。攻撃を前に、永井は葛城に訊ねた。