fainal2/2-25
(彼奴、昨日も投げてるしな……)
その為には、打者一人に対する球数を抑えながら、追加点を許さないリードをする必要がある。まさにキャッチャーの腕の見せ処だ。
打順は一番にかえった。初めは先制のホームラン。次はチャンスに空振りの三振。そして、ピッチャーが直也に替わってからの三打席目。
ランナーは無し。長打を狙っても良い場面だ。
(初球はこれで)
達也は先ず、打ち気を逸らす目的でカーブを選んだ。
直也も同じ意見。サインに頷くと右足をプレートに乗せた。
上げた左足が窪みを踏み込んで、右腕を振りだす間近、バッターはバットを前へと突きだした。
「なッ!」
大きく、曲がり落ちるボールに、バッターは打席の中で駆け出しながらバットを当てた。
普通のバントより力が与わったボールは、強い勢いで右へと転がった。
「くそッ!」
直也は倒れ込みそうになりながら懸命にグラブを伸ばしたが、及ばず先を抜けてしまった。
セカンド森尾も必死に突っ込んだが、結局、出塁を止められなかった。
沈鬱さが漂っていた沖浜中ベンチが、息を吹き返したように沸きあがる。意表を突かれた事とはいえ、厭なランナーを出してしまった。
ニ番バッターは、打席に入るなりバントの構えをとった。確実に得点圏へとランナーを進めて追加点を狙う算段。或いは、前のドラッグバントのように簡単に送るのではなく、奇襲を狙ってるのかも知れない。
奇襲となれば、盗塁かエンドランのニ択だろうが、いずれにしてもランナーの洞察と動きが重要になってくる。
(用心に越したことはないな)
達也が、中腰の体勢からわずかに右足を引いた。ランナーの動きようで、素早い送球をする為だ。
それを見た内野手は、意図を汲んで定位置より数歩前にポジションを変えた。
(初球は外せ)
直也は要求どおり、真ん中高めに真っ直ぐを投げた。バッターの目の高さに、空気を裂く音を纏ったボールが迫ってくる。怖じけたバッターは、上体を反らしてバットを引いた。
(ランナーは、大したリードじゃないな……)
送りバントの場合、確実に進塁を決めようと、ランナーは大きめのリードを取りたがるのだが、今の一球にはそれが見られなかった。
達也の中でシグナルが灯る。“盗塁注意”のサインが送られて、内野、とりわけ二遊間に緊張が走る。
ニ球目。セットポジション体勢の直也は、肩越しにランナーを睨む。大したリードを取ってないにも関わらず、姿勢を低く構え、まるでリズムでも刻んでいるように、小刻みに身体を揺すっている。
(確かに変だな)
直也は牽制球を投げた。緩慢な動きからの牽制で、反応具合により動向を探ろうと試みた。するとランナーは、過剰な鋭敏さを顕したのだ。
(やっぱり……)
狙いは盗塁だと直也は確信する。再びセットポジションの体勢をとり、視線で充分にランナーを牽制してからホーム側を向いた。
するとランナーは先ほどまでと違い、じりじりとリードを広げ出した。その眼は直也の右足だけを凝視している。
投球で左足が上がる際、寸前に軸足である右足に体重が掛かり、膝裏の皺が形を変える。ほんのわずかな違いなのに、ランナーはそれを、スタートの目安としていたのだ。