fainal2/2-23
「ヨシッ!ランナーが出た」
直也をきっかけに、青葉中ベンチと応援団に活気が戻った。対照的に沖浜中は、ベンチもスタンドも悲惨なほど静まり返っている。
ここで、沖浜中ベンチは動いた。伝令がベンチを飛び出し、合わせて内野手逹がマウンドに集まった。
「やっと一回目のタイムか」
青葉中ベンチでは選手の殆どが、球避けフェンスから身を乗りだし、相手の動向を注目する。
「……多分、バント処理の確認だな」
「バント処理?」
佳代のとなりで達也が、相手の考えを解む。
「奴等は、うちが送ってくると思っている。だからバッター優先で、バントをやらせろだろうな。
もうひとつはニアウトニ塁になって、一ノ瀬と秋川のどちらと勝負するかの確認だろう」
「へええ、そういう意味かあ」
言われてみればそうだ──それほど、達也の解みは怜悧なものだった。
同じ頃、別の場所でも疑問を持つ者があった。
「あ、あの……あれって、何を話してるんですか?」
尚美は信也に、普段では知り得ない事柄を問いかける──会話のきっかけを得ようと。
「あれは──」
そんな健気な思惑を信也は気づかない。達也同様、専門的な答えを細部にわたって語り始めた。
「……二塁に橋本が進んだ時点で左の一ノ瀬よりも、右の秋川の方がピッチャーにとっては打ち取り易い。
そうなると、秋川は追い込まれる前に打ちにいかないと……」
「あ、あの、ちょっと……」
隣から止めどもなく流れてくる不明な言葉の洪水は、尚美の心に大いなる戸惑いを生んだ。
「よ、要するにここは秋川くんの活躍にかかってるんですね?」
「ま、まあ、そうだが……」
噛み合わないというより、空回りな会話は尚美の心を困惑させた。対して信也は、何故、彼女が急に不機嫌になったのかが全く掴めない。
そんな奇異な二人の光景を、有理は微笑ましげな表情で眺めていた。
タイムが解かれた。達也の予想どおり、川畑のバントで淳を進塁させると、沖浜中は一ノ瀬を一塁へと歩かせた。
ニアウトとはいえニ塁、一塁と再び追加点のチャンス。ネクストから打席に向かう秋川の脳裡に、前の打席のことが浮かんだ。
ニ回、ニアウト三塁。同点に追いつくチャンスを活かせず煩悶とした惨めさ。
(今度こそは……)
期するものがあった。バットを握る手に、普段以上の力が入っていた。
しかし、
「スイングッ、バッターアウト!」
結果は、打てる気配もなく空振りの三振に喫した。次は無いかも知れないはずのチャンスなのに、また掴まえることが出来なかった。
攻守交代。周りが慌ただしく動き回っている中、秋川はしばらくその場を動けなかった。