fainal2/2-15
「主力が一人減ったか。不味い展開だな」
「ああ。特に攻撃だな」
スタンドの川口信也と山崎和己は、周りと異なる思案顔で話をしていた。
「加賀の打順は重要だからな。替わりが川畑じゃ、役不足だろう」
山崎の意見に、信也は相槌を打つ。
「今は稲森のモチベーションも高いからいいが、この先も、さっきみたいにチャンスが潰れたら……」
「苦戦は必至だな」
二人の見出だす未来は、暗鬱とした曇が掛かっていた。
三回表、沖浜の攻撃。
「この回、一番に回るからな。締めていけよ」
達也は、省吾にひと声掛けて守備についた。
バッターは八番。右打席に入ると、いきなりバントのようにバットの芯に右手を添えた。
一見、奇異な格好だが、打撃練習ではよく用いられる打ち方で、本人には一番しっくりくるのだろう。
(初球はこれで)
達也が選んだのは内角への真っ直ぐ。省吾はセットポジションから投球動作に移った。
バッターは動きに合わせ、バントの構えからバットを引くと、ヒッティングの体勢になった。
初球が投じられた。真っ直ぐが、バッターの懐深くに食い込でくる──俗にいうクロスファイヤー。
「ストライク!」
バッターは見送った。
次は外へ。今度は打ちにいってファールとなった。
(遊び球はなしだ)
勝負球は外からのスライダー。バッターは、なんとかバットに当ててファールとした。
そこから、外への真っ直ぐ、内角に落ちるスライダー、チェンジアップと、あらゆる手で退けようとしたが、バッターも必死に食らいついてくる。
「ハァ、ハァ……こいつ……いつまで粘るんだ……」
いつしか省吾は息を喘がせ、大粒の汗を流していた。
たかが八番バッター。簡単に終わると思っていたのが、焦燥の極みに達しても終わらない。省吾はいつしか畏怖を感じていた。
「ボール!フォアッ」
結局、十球以上を費やしながら先頭バッターを歩かせてしまった。
「タイム!」
マウンドに向かう達也。四球の出し方が不安になった。
「どうしたんだ?最後は明らかなボールだったぞ」
「すまん……粘られて……つい……」
そう答える省吾の表情は冴えない。止めどなく流れ落ちる汗をシャツで拭った。
「多分、送ってくるが、やらせていいからな」
「わかった……」
話を終えた省吾はネクストを見た。一番バッターが、片膝をついて彼の方を見据えている。
また気持ちが焦り始めた。初回の悪夢がインクの染みのように広がっていく。
九番バッターは、左打席に入るなりバントの構えをとる。達也は最もバントし難い球、高めの真っ直ぐを要求した。
省吾は、素早い動きから初球を投じた。合わせて、サード乾とファースト一ノ瀬がホームに向かって突進し、ショート秋川はニ塁を、セカンド森尾が一塁のカバーに走る。
一塁ランナーがリードを広げていく。際どいバントでも成功させようと。
高めへの真っ直ぐが、空気を裂いて迫ってくる。バッターはバットを引いて見送った。
ボールがミットに収まった次の瞬間、達也はバッターの背中越しに一塁目掛けて送球した。地を這うような球が、カバーの森尾のグラブを鳴らした。
ランナーは頭からベースに滑り込む。森尾が素早くタッチしたが、わずかに遅かった。