fainal2/2-12
(さあ、真っ直ぐ来いよ)
達也は平静を装って次の球を待つ。ちょっとでもそぶりを見せたら終わりだ。
ピッチャーがニ球目を投げた。ボールは外角への真っ直ぐ。
(ヨシッ!)
達也は思い切り叩いた。打球は低い弾道でライトのライン際で跳ねた。一塁々審が、ラインの左を右手で示している。
「やった!」
ベンチの声が一気に沸いた。達也は、打球が外野フェンスにまで達したのを見て、一塁を蹴る。
(次までいけるか!)
ニ塁の直前、達也の目は三塁コーチャーを見た。ランナー自らボールの位置を確認出来ない場合、コーチャーが走塁の判断を行う。
コーチャーは両手を広げて前に突き出す。止まれの指示──達也は、ニ塁を走り過ぎたところでブレーキを掛けた。
振り返って見ると、ようやくライトがセカンドに送球しているところだった。
(なんだよ、三塁いけたじゃないか!)
コーチャーはボールの位置以外にも、守備のもたつきやランナーの走力を瞬時に判断し、指示を下す必要がある。
青葉中の場合、コーチャー役は下級生がほとんどの為、どうしても経験不足な指示になり易い。
無死ニ塁と三塁とでは、相手へのプレッシャーの差は歴然だ。三塁コーチャー、ニ年生の和田は、自分の指示ミスに悄然となって首を垂れていた。
一方、三塁側の観客は、そんな状況とは気づかずに、反撃の口火をきったと沸き上がっている。
五番の橋本淳が、その大柄な体躯で右打席を踏みしめた。いかにも、期待させる雰囲気を持っている。
しかし、永井は意表をついて送りバントを敢行した。ひとつのアウトを失っても、ランナーを三塁に進めることを選んだ。
「お前、しっかりやれよ」
「すいません……」
和田は、先ほどの失態を達也にたしなめられて脂汗を流していた。ひとつのミスが命取りになることを考えれば、当然の仕打ちである。
むしろ、こういう経験が、次の戦力となった時に活きてくる。
「加賀ァ、狙っていけよ!」
仲間の期待を一身に、加賀が打席に入った。大会の間、自分の不甲斐ない働きが悔しくて“結果”を求める彼にすれば、願ってもないチャンスだ。
打席から、ベンチの指示を確めようと振り返る。当然“打て”だろうと思っていた。
ところが、永井の選択は違っていた。
(えっ!?)
加賀の表情が強張った。同じサインが送られた達也の顔にも微妙な動揺が見える。
その変化を、沖浜中のキャッチャーは見逃さない。何か仕掛けてくると踏んだ。
キャッチャーは肘や肩、胸元を使うブロックサインで内野に注意と集中を促す。
「プレイ!」
構えた加賀に特異な点はないが、状況が警戒心を高まらせていた。