プロローグ-1
米国の国立遺伝研究所で長年に渡り研究が進められてきたtrm遺伝子のプロモーター及びSD配列の改変。これにより、人間の寿命が十年単位で決定可能である事が明らかになりつつある。マウスから猿に至るまで、様々な生物のtrm遺伝子に改変を加える事により、誤差範囲は生誕日プラスマイナス半年という高確率で、寿命の操作が可能になった。これは、増え続ける世界人口を遺伝子改変により操作するという取り組みの第一歩とされている。
一方日本では、専門家や有識者による生命倫理委員会が設立され、未だ人間での検証が十分でないこの研究成果に、更なる結果を上乗せするためにも、日本国を挙げて積極的に実験へ協力する運びとなった。
一般向けに開示された概要は以下の通りである。
1:寿命は二十歳から百二十歳までの十年刻みで設定可能。
2:寿命が二十歳から五十歳の場合、被験者、母親それぞれに支援金が支給される。五十歳以降、歳を重ねる毎に支給金額は低くなる。金額は公表されないが、最低でも母子合わせて1千万円は保証されている。
3:被験者が受精卵となってから三ヶ月以内に、母体羊水内にtrm溶液を注入されるが、母体には全く無害であると考えて良い。また、被験者から生まれた子供に、変異は遺伝しないとされている。
4:被験者は寿命を迎えるまで、どんな重病にかかっても死亡する事はないと言われている。しかし、疾病に起因する痛みなどは通常の医療で緩和できる範囲を大幅に超えてしまう事が分かってきている。止血能力の向上、自然治癒力の向上なども確認されており、被験者と疾病に関する項目は現在データ収集段階にある。
5:事故など突発事象で命が絶たれる局面でも、生きながらえる確率が高く、その場合は後遺症などで苦しむ可能性が高い。
6:母親は被験者に、設定寿命を知らせる義務があるが、それに関しては監査などは行わない。
7:尊厳死はこれを認めない。もしこれを侵した場合、それを行った医師の医師免許は剥奪される。
日本において、trm遺伝子が変異型となった人間は「トルムチルドレン」「トルチル」などと呼ばれている。日常生活は非変異型の人間と同様に送る事ができるが、寿命設定日となる誕生日から起算して前後半年に、多臓器不全等で突如死亡することになる。トルムチルドレンが搬送されてきた病院では、延命治療等は特に行わない方針だ。