南風之宮にて 終-2
「それに、君の言うとおりもう回復しているとしても、です。万一何かあれば、わたしが王女殿下に顔向けできないではありませんか」
王女の名を出されるとハヅルは弱い。
伝令の騎士は、王女が自身の警護を務める庭番の少女の無事をひどく気にかけていた、とも告げたのだ。
王女がわざわざそう伝えた以上、公は意地でもハヅルを保護下から出しはしないだろう。
しばらく静かな睨み合いが続いた。睨み合いと言っても、公は終始穏やかな笑みを浮かべていたのだが。
不毛なやりとりが終わったのは、それからちょうど一刻後、先触れの騎士の到着を知らされたときのことだった。
さらに一刻後、王子と王女とを輸送した騎士団が城門にたどり着いた。
門前には公と公妃を始め、城の者がずらりと居並んで彼らを出迎えた。
「世継ぎの君、並びに、王女殿下。貴い御身を我が城にお迎えできましたことを光栄至極に存じます」
公は車椅子の上で深く上体を倒した。
「拝跪の礼を致すべきところでございますが、ご存じの通りままならぬ身ゆえ、このような姿勢で挨拶申し上げるご無礼をお許しください」
「構わん、楽にしろ」
王子は鷹揚に頷いた。
「今回はこちらが礼を尽くさねばならんところだ。迅速な救援に礼を言うぞ」
「畏れ多いお言葉です。本来ならば、我が所領の近傍でこのような暴挙が行われるのを見逃したと、お咎めを甘受すべき身なれば……」
「公の所領を通ったとは限らんのだ。何も咎はない。むろん、調査が始まれば協力を願うことになるだろうが。……お前はそれでいいな?」
王子は傍らに立つ妹王女に確認をとった。彼女は上の空の様子で答えた。
「ええ、兄上……」
王子よりは儀礼を重んじる傾向があるはずの王女だったが、このときは違っていた。
彼女は謝辞を述べながらも、気になってたまらない風に、ガレン公の背後に控えたハヅルの様子をちらちらと窺っていたのだ。
公も気付いたのだろう。柔和な顔に笑みを浮かべながら、彼は王女を導くようなしぐさでハヅルの方へ手をのべた。
「どうぞ、王女殿下。お預かりしていた少女はとても元気でおりますよ。つい先刻まで、飛び出そうとするのを必死で止めていたほどです」
そう言ってから、公は改めて王子に向き直った。
背後の公妃と使用人に合図をおくるように手を挙げる。
「王子殿下、親衛隊の面々もどうぞ中へお入りください。粗末な城ですが、部屋を整えておりますので、どうぞごゆるりとご休息あそばしますように」
「ああ、頼む」
王子が頷くのを待って、使用人たちが親衛隊を案内するべく動き出した。