南風之宮にて 5-9
一息ついたアハトに王子が声をかけてきた。
「お前、足に何をつけてる」
「足?」
王子の示すまま見下ろすと、手首から切断された女の手……のようにしか見えない魔族の尾が、ブーツごと右足首を掴んだまま硬直していた。
彼は顔をしかめた。掴まれて切断したはいいが、そのあと外す暇もなかったのだ。
彼は固まった指の筋を刀で傷つけて、乱暴に引き剥がした。
王子が興味深そうに手を伸ばしてくる。
まさかそうくるとは思わなかったアハトは、
「触るな!」
と鋭く制止し、急いで王子から手首を引き離した。それから、彼は敬語で言い直した。
「触れないでください。人間には毒です」
「魔族のものなのか。人の手にしか見えん」
アハトの口調を気にする素振りもなく、彼はまじまじと手首を見つめた。
「人の手だとしても、面白がって触るようなものでは……」
「妙な生き物だな、魔族というのは。皆まるでどこかで見た動物の組み合わせだ。それで、一匹たりと同じ姿のものはいないのに、魔“族”なのか」
魔族の定義については神殿の領分だ。
普段なら喜んで講釈を始める周囲の神官も、さすがに今は王子の疑問に反応しなかった。
ツミの一族には彼らなりの所見があるが、アハトも黙っていた。この場で議論することではない。
宮の司と話していた王女が、つとアハトに近寄ってきた。
「あなたは魔族の血に触れても大丈夫なの?」
「一族の者には無害です」
「そう……ご苦労でしたね、アハト」
彼女にしては歯切れの悪い口調だ。アハトは王女が何かを言いあぐねているように感じた。
「……あの子も、魔族と遭遇したのかしら」
わずかな逡巡ののち、王女は不安げに呟いた。
「おそらく魔族の大半を吹き飛ばしたのはハヅルです。変化できたのならば、案ずることはありません」
爆破の後、おそらく体力の尽きただろう彼女がどうなったかはわからないが、そこは省略してアハトは応えた。
いたずらに心配させることもないと思ったのだ。
彼女の身を案じているのはアハトも同様だったが、彼はそれを面に出さなかった。
同族の彼が不安を見せれば王女も懸念を抱くだろう。
この場面で、王女が自分を案じて心を痛めるのを、ハヅルも望むまい。
実際のところ、彼はそこまで深刻に考えてはいなかった。彼女にはエイがついている。
そう考えていたアハトを、王女は気遣わしげに見つめた。
「そう。あなたも心配でしょうね」
自分を案じているような口振りに、アハトは驚いた。
王女の懸念を取り除いてやるつもりが、これでは話が逆である。
彼がはい、とも、いいえ、とも答えかねている間に、王子が口を挟んだ。
「俺はハヅルよりエイの方が心配だ。あいつ怖がりだからな、魔族になんか行き会ったら、腰を抜かしかねん」
「……」
緊張感の無い兄妹だ、とアハトは内心呆れた。他人の心配をしている場合だろうか。
アハトは急激に彼らの相手をすることに疲れを覚えて、二人に背を向けた。
手に持ったままの魔族の欠片を崖の向こうに放り投げる。
そのときだった。
下で試行錯誤をしていた敵陣の中から、突如一人の兵士が飛び出した。