南風之宮にて 5-8
その魔族は全身を鱗に覆われた、魚とも蜥蜴ともつかない姿をしていた。
顔は魚だが、指のないひれが胴体の脇から突き出し、四肢のように身体を支えている。
形だけなら海獣のものに似た前びれを、魔族は大きく振りかぶった。
ちょうどいい、とアハトは思った。
叩きつけられる硬い魔族のひれを、彼はすれすれまで引きつけてからかわした。
振り下ろされた腕は、勢い余って石階段に激しい衝撃音を立ててぶつかる。
どれほどの威力だったのか、叩かれた場所は円形に穿たれていた。石段は粉々に砕けてしまっている。
二撃目も同様にして避ける。
攻撃する術もなく防戦一方、のように傍目には見えた。彼が身をかわすたびに石階段の破壊痕が広がっていく。
石階段がない方が侵入を阻止する時間が稼げるだろう、という算段だった。
敵の数はまだ多い。魔族退治を終わらせたあとも、時間稼ぎが必要なのは目に見えている。
梯子や縄のたやすくかけられない高さまで石段を破壊させてから、彼はようやく相手に向き直って刀剣を構えた。
硬い鱗に覆われた長い胸びれが、懲りもせず彼を襲う。
アハトは肩口をすり抜けるように、魔族の背後に跳んだ。
ひれを叩きつけて前屈みになったその頭部に乗り移ると、彼は切っ先を立てて、正確に眼球に刃を突き込む。
苦痛の叫びとともに、魔族は彼を振り落とそうと身をくねらせた。
アハトは頭部から潰した目の側に飛び降り、横ざまから鰓孔に刃先を突き立てる。
斜めに突き入れた刀は深々と鰓孔に刺さった。
鍔元まで刺し貫き、そのまま刃を断ち切る方向へ動かす。
鰓孔の傷から、頭部を半ば切断されて魔族は絶命した。
倒れかかってくる魔族の死骸を、彼は思いきり蹴りつけた。石段の破壊された瓦礫の坂を、巨体が転がり落ちる。
アハトは、落下の地響きを背後に聞きながら残った石段を上った。
バリケードの内側に飛び込むと、王子が出迎えた。
「無事か」
「ええ」
魔族が全滅したのを見て、人間の軍隊は浮き足立っていた。
半数以下に減った兵で何とか陣を組み直し、瓦礫の合間を魔族が通って開けた道をたどって進んでくる。
王子の指示で、親衛隊と衛士隊は彼らの頭上から矢を射かけ始めた。
崖にとりついたり梯子をかけようとすれば油を浴びせて火矢を射る。
相手も矢を射かけてきたが、高度があるためにバリケードを越えるものはなかった。
ただ、こちらの兵もいたずらにバリケードから姿をうかがえなくなるので、無駄というわけでもない。
最後の防衛線は、位置関係の有利さゆえに鉄壁と言ってよかった。
武器も燃料も十分にある。相手もここまでにかなりの数を削られて、それほど無茶な作戦には出られまい。
気を抜くことはできないが、一種の膠着状態に持ち込むことができていた。
あとは援軍待ちだ。