南風之宮にて 5-11
攻防は互いに有効な手が出ないまま、長く続いた。
打たせないのは容易いが、頑強な魔族を相手にいくら打撃を加えてもきりが無い。
アハトは先程投げて落ちているはずの刀剣を探した。
落下地点に視線を走らせたとき、視界の隅で、王子がそれを拾い上げたのが見えた。
瞬間、アハトの回し蹴りが相手の兜の側面に入った。
相手がぐらりと傾きながら、おぼつかない足取りで体勢を整えようと後退する。
「アハト!」
放たれた王子の呼びかけに、彼は一瞥も向けなかった。
無視をきめこんだわけではない。王子の意図がわかっていたのだ。
だから彼はただ、身体の真横からまっすぐに飛んで来た刀剣が、胸の前を通過する一瞬に、その柄を空中で受け止めた。
徒手だったアハトの間合いが一気に伸びたことに、魔族は対処できなかった。
アハトは一足飛びに踏み込むと、王子の投げた刀剣の刃を男の胴体にめり込ませた。
ツミの剣速と膂力でもって、胸板の下あたりから甲冑ごと一息に両断する。
分断された上半身で、しかし魔族はまだ動いた。
刃の軌道から外れた右腕で、彼に向かって金属のつぶてを撃ち出す。
刀を振り抜いた姿勢の上、近すぎる距離のために、いかにアハトでも避ける暇はなかった。
つぶては彼の胸、鳩尾の上に打ち付けられた。
「……っ」
彼は眉をひそめた。
痛みに、というよりも衝撃のためだ。そして無造作に腕を振り抜き、男の首を飛ばした。
勢いよく斬り飛ばされた頭はバリケードを越え、ころころと崖を転がり落ちていった。
アハトは慎重に、残された二つに分かれた胴体に近付いた。
それぞれの切り口は生々しい肉の断面がひくついていたが、一滴の血も流れ出してこない。どういう仕組みかと彼は内心首をかしげた。
動き出す気配はない。
完全に絶命していると判断して、彼は手近にいた兵士に、死骸を燃やして崖下に捨てるよう指示した。
魔族の首無しバラバラ死体が間近に横たわっているのは、人間の精神衛生上良くない。
終わったとみて、王子が彼に駆け寄った。
「お前、怪我はないのか?」
「……ない、ようです」
「今、何か食らっただろう」
アハトはつぶてのぶつかった鳩尾に手をやった。
服に小さな穴が開いている。触れると、ぴり、と軽い痛みが走って指先にほんのわずか、滲む程度の血がついてきた。
ツミの一族の身体は人間より強靱にできている。
円錐状のつぶての、尖った先端が上皮を軽く引っ掻いたくらいで済んだのだろう。
「かすっただけです。大したことは……すぐふさがります」
「本当か? まったく、胆が冷えたぞ」
驚かせるな、と王子はアハトの頭をぽんぽんと叩いた。
「……やめてくれませんか」
「何をだ?」
首をかしげながらなおも乱暴に、滑らかな黒髪をくしゃくしゃと乱す。
アハトは黙ったまま、彼の手を振り払った。
王子は払いのけられた手を所在なげにひらひらさせてから、まあいいかと肩をすくめた。
「魔族はこれで最後だろうな」
「そう願います」
アハトの応答に、彼はそうかと頷いた。
「後はのんびり根比べだな」
王子は眼下の敵を見下ろしながら、そう呟いた。
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