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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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南風之宮にて 5-10


 何をする気かとアハトが崖下をのぞき込んだ瞬間、その兵士は、人間ではありえぬ跳躍をした。
 急勾配を二度、三度と蹴り上がり、見る間に彼らの高度に達する。

「な、」

 とっさに反応が遅れた。
 最後に一度強く岩を蹴りつけて、その男はバリケードよりも高くを舞った。

「……っ、魔族か」

 まだ残っていたのだ。完全に人の兵士にまぎれていた。

 人型の魔族もいないわけではないが、人間の兵士の陣にまぎれることなどありえない話だった。
 動きの速さも腕力も、見かけはどうあれ体の構造からまるで違うはずなのだ。
 意思疎通もままならないものと、おとなしく隣り合って戦陣を組むなど……
 だが考えているいとまもなかった。現にそこに居るのだから否定しても仕方がない。

 宙高く跳び上がった兵装の魔族と、バリケードの内側にいる王子たちとの間には、今、何一つ遮るものが無い。
 魔族は空中で身を翻すと、指先から何かを撃ち出した。

 変わった武器だった。
 ごく小さな金属のつぶてで、円錐型に先が鋭く尖っている。
 小さいとはいえこの速度でぶつかれば、人間の身体くらいは貫けるだろう。

 王子が妹王女を庇うように動いた。
 二人して伏せる暇もなく自らの背を盾に彼女を抱きしめる。

 アハトは刀を投げて、既に放たれたつぶてを弾き飛ばした。
 そして続けざまに撃ち出された二撃目の軌道に、彼は自ら飛び込んだ。 

「アハト!」

 王子の焦りにかられた叫びが響く。

 アハトは寸前で、ベルトに提げていた鞘を抜いてつぶてを受け止めていた。
 それを見て王子がほっと息を吐く……よりも早く、人にはなしえない速度の突進で、魔族がアハトの懐に迫った。
 背後の兄妹に気をとられていたアハトは、対応するよりも彼らを間合いの外へ押しやる方を優先した。
 身体を傾けて、重なった二人を右手で突き飛ばし、魔族の突き出した腕を左手で受ける。
 二人が親衛隊に保護されるのを横目に確認しつつ、彼は倒れ込みざまに、浮いた脚で魔族に蹴りつけた。
 交差した両腕で蹴りをガードされた瞬間、甲冑の奥の目と、目が合った。
 アハトははっと瞠目した。

 魔族は、兄妹を見ていなかった。
 他の者と同じだ。この人型の魔族は、アハトを狙っている。
 相手は何を思ってなのか、面頬の奥ではっきりと笑った。

 アハトは玉砂利の上に手をつくと、起き上がらずに足払いをかけた。
 相手は後退してそれを避けると、アハトが体勢を整えるのを待たずに襲いかかってきた。
 彼は低い姿勢で、打ち出された拳をかろうじて弾いた。
 間断なく降ってくる打撃や蹴り技をかわし、ガードしながら隙をうかがう。
 左拳の振り下ろしをすれすれでかわしたとき、相手が踏み込みすぎたのをアハトは見逃さなかった。
 身体を起こしざま、身をひねって魔族の胴体に蹴りを食らわせる。
 甲冑にへこみができてたまらず後退した相手を追って、アハトはようやく攻撃に転じた。

 本当に魔族だろうか。
 アハトの脳裏に一瞬だけ疑いがよぎった。これは人間の体技だ。魔族が使うようなものではない。
 だが、拳の重さと速さは、強烈に人外であることを誇示している。
 親衛隊士たちは槍を手にアハトの援護をしようと固唾を呑んでいたものの、位置関係のめまぐるしく入れ替わる徒手による攻防を、ほとんど目で追えてもいなかった。


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