シャルロッティと、おとうさま-1
非常に気が進まなかったが、シャルは自宅の二階にある父親の研究室をノックした。
「おとうさま、教えて欲しいことがあるの」
いつもながら室内はきっちり片付いている。
薬品調合をしていたヘルマンが手を止め、六歳の愛娘に微笑みかけた。
「おや?珍しいですね」
シャルロッティ・エーベルハルトは、非常に愛くるしい容姿の女の子だった。
父と母のどちらに似ても美しい顔立ちになっただろうが、どちらかというと父親似かもしれない。
パチリとした大きな二重の瞳は、片側が氷のようなアイスブルー、もう片方が灼熱色だ。
白銀の髪は、二本に分けて三つ編みにしている。
そして中身は……まぎれもなく父の才能を引き継いでいた。
すでに父親と同じ、第二級錬金術師の資格を有しているが、上級錬金術師の試験も、受ければ楽々クリアできるだろう。
それをしないのは父親と同じ理由だった。
上級錬金術師は憧れられる階級だが、弟子を何人も持たなくてはいけないうえ、会議の出席など、何かとうっとうしいのだ。
ちなみに、下級錬金術師は一番気楽で身軽な立場だが、ギルドの要請で他国に出向する機会も多い。
特に聞いたわけではないが、長年その立場を好んでいた父が、第二級の資格をとったのは、どうやらシャルが産まれたのがきっかけらしい。
「本当は、誰かに頼るのってあんまり好きじゃないわ。おとうさまでもね」
とことこ研究室に入り、父親の向かいから机を覗き込む。
とても背の低いシャルは、顎を乗せるのが精一杯だ。
「君のそういうところは、僕に似てしまいましたね」
ヘルマンが苦笑した。
その可愛らしい外見と裏腹に、シャルはたいそう負けず嫌いな性格だった。
何でも自分で本を読んで調べ、実験して自力で試そうとする。
しかし緊急事態である。
完璧な父親に頼らざるをえなかった。
「そうなの。でも、ちょっとだけ……その……もし、こういう薬品を作って、ポップコーンにかけたとしたらって聞きたいの……」
顔をちょっとだけ赤くしながら、シャルは父親に薬品配合を話す。
「なるほど」
ひどく複雑な薬品配合だが、ヘルマンは口頭で説明されただけで即座に理解したらしい。
「その薬品配合ですと、ポップコーンの大爆発が起きますね」
「やっぱり……」
ゴクリと、シャルは青ざめて唾を飲む。
「一見、食品を無害のまま百倍に増幅する画期的な薬品に見えますが、培養液の種類と使っている薬草の組み合わせが落とし穴ですよ。
百倍をさらに百倍に増幅させ、その後も効果が切れるまで、倍に増えていきます」
「う……」
嫌な予測が見事に的中してしまった。
頭を抱えるシャルを、父親の両眼がとても疑わしげに眺める。
「シャル?もしや……」
「だ、大丈夫!大量に増幅するような薬品類は、作る前に相談するって、おとうさまと約束したもの!」
「それは良かった」
ニコリと、ヘルマンが微笑む。
「もし勝手にそんなものを作って、樽いっぱいのポップコーンにでも降りかけていたら、24時間後には大変な事になっていましたよ」
「ハ……アハ……そ、そう……?」
ちらりと、壁際の柱時計に視線を走らせた。
…あと三分。
「王都の天気は一週間、昼夜を問わずポップコーンの雨になるでしょう」
とんでもない天気予報を告げ、ヘルマンは手元の紙に、ペンでさらさらと何かを書き込む。
シャルは亀のように首を伸ばしていたが、身長が足りないため、内容までは見えなかった。
「増幅を即座に止める薬品配合は、こんなものですかね……」
ときどき腹が立つほど完璧な父は、いつも正確な答えをくれる。
それはもう、 『赤ちゃんはどうやってできるの?』 という、親として最も答えにくい質問にすら、眉一つ動かさずに答えてくれるツワモノだ。
「さ、さすがおとうさま!」
机の反対側にかけよったが、掴もうとした紙は、ヒョイと届かない高さまで持ち上げられてしまった。
「ちょ……っ!おとうさま!?」
母親ゆずりの身軽さで飛び掛っても、スルスルとヘルマンは避けてしまう。
「くく……どうしました?ヒントをあげますから、ゆっくり自分で考えてみたらどうですか?負けず嫌いちゃん」
「えっと、今はちょっと……」
ニマニマ口元を緩めた父親に、ワンピースの背中を掴んで持ち上げられた。
「それとも何か、急ぐ理由でもあります?」
「そ、そんな理由は……………」
子猫よろしく宙吊りにされ、ジタバタもがく。
細身の父親は、まったくどこにこんな力を隠しているのか不思議で仕方ない。
「あ、あの、あの……」
あと五秒……四……三……ニ……
「おとうさま、、ごめんなさぁい!!!!!」
錬金術ギルドの三番棟で起こる、ポップコーンの大爆発を覚悟し、思わず両手で耳を塞ぎ、叫んだ。