約束-6
「真雪、」その晩、母親のマユミが真雪の部屋のドアをノックした。
真雪は立ち上がり、ドアを開けた。「どうしたの?ママ。」
「ちょっと話があるんだけど。付き合ってくれる?」
「え?いいけど。」
マユミは真雪を部屋から連れ出し、階下のリビング、暖炉の前にやってきた。
「どうしたの?こんなところで。」
マユミは持っていた小さな木の箱を真雪に手渡した。「これ、あなたたちにあげる。」
「え?」真雪は箱を受け取ってマユミの目を見た。
「開けてごらんなさい。」
「うん。」真雪はその箱の蓋を開けた。「え?」
二つのペンダントトップが入っていた。一つは弓をつがえたケイロン、もう一つは矢。どちらにも小さな宝石が散りばめられている。
「これって・・・・。」
マユミは床に座った。真雪も母の隣に座り、テーブルにその箱を置いて、愛らしい二つのペンダントトップを手に載せた。
「それはね、18の誕生日にあたしがケン兄に買ってあげたものなんだよ。」
「ほんとに?すごい!おしゃれだね。そんな昔のモノとは思えない。」真雪はケイロンの方を右手で持って目の高さに持ち上げた。「きれい、とっても・・・。センスいいね、ママ。」
「でも残念ながら、それ、ケン兄が見立てたんだよ。」
「ケンジおじが?」
「あの頃はね、誕生日がくると、お互いに欲しいものを買ってあげるっていうことになってたの。両親にお金もらってね。だから、本当はそれは両親からのプレゼント。」マユミは微笑んだ。「20年以上前に買ったものだけど、あなたにあげる。大切にしてね。」
「ありがとう、ありがとう、ママ。」
「一つは龍くんにあげてね。」
「もちろんだよ。偶然だけど、良かった。彼も射手座生まれだからね。」
立ち上がろうとしたマユミに真雪は声を掛けた。「あ、ママ。」
「なあに?」
「あたしからも、話があるんだ。」
マユミは真雪の横に座り直した。「どうしたの?」
「報告しなきゃいけないことがあって・・・・。」
「報告?」
「ママも、パパも、それにケン兄も心配してくれてたと思うけど。」
マユミは小さくうなずいた。
「あたし、実習中に、」真雪は母にあの出来事について話し始めた。
「そう。辛かったね、真雪。」マユミは娘の手を取り、優しく撫でた。
「ごめんね、心配かけて。でも大丈夫。龍はしっかり受け止めて、赦してくれた。」
「そうみたいね。優しいいい子だね、龍くん。」
「うん。さすがケンジおじの息子だよね。」
マユミは微笑みながら無言でうなずいた。
「それでね、」真雪は一息ついてマユミの目を見た。「あたし、彼にプロポーズする。」
「え?」
「まだ早いってわかってる。すぐに結婚したいって思ってるわけじゃない。でも約束したい。あたし彼と結婚する。」真雪は母の目をじっと見つめた。
「ママが決めることじゃないわ。でも、実際に結婚するまで、いろんなことが起こることも覚悟しておきなよ。」
「いろんなこと?」
「今回のあなたの身に起こったこと以上のことだって、もしかしたら・・・。」
「・・・・・乗り越える。あたし、乗り越えられるよ、ママ。」
「あなた、プロポーズする時、そのペンダントを彼に渡すよね、きっと。」
「うん。そのつもり。」
「約束と束縛は別物だからね。」マユミがいつになく真剣な顔で言った。真雪は少したじろいだ。「彼の心をがんじがらめにして、自分以外のものを見せないように目隠しするのが『束縛』。間違っちゃだめだよ、真雪。」
「ママ・・・・。」
マユミは元の穏やかな笑顔に戻った。
「大丈夫。あなたたちなら、きっとうまくいくよ。」
「ありがとう。間違わない。あたし、もう・・・。」
「そのペンダント、あなたに渡すこと、ケンジ伯父さんにも言っておいたから。」
「そうなの?」
「龍くんがもらったそれをケン兄に見せたら、あの人、どんな顔するかしらね。ふふ、ちょっと楽しみ。」
「ほんとにありがとう、ママ。」
「じゃあね。おやすみなさい、いい夢みてね。」
「ママも。」
マユミは立ち上がり、自分たちの寝室のドアに消えた。