実習-1
真雪の通う専門学校では、二年時の毎年十二月に現場実習が行われることになっていた。学校から電車で二時間程かかるところにある有名な水族館とその学校は契約しており、今年も12月8日の日曜日から一週間の日程で、泊まり込みの実習活動が行われることになった。
「やったー!あたしこの水族館で働いてみたかったんだ。」ユウナがはしゃいだ。
「あんたイルカ好きだもんね。」
「触らせてもらえるかな。」
「三日目に、イルカの調教プログラムが入ってるよ、ほら。」真雪がユウナに実習ノートを開いて見せた。
「よっしゃあっ!」ユウナはガッツポーズをした。
「僕が君たちの実習の責任者です。主任の板東と言います。どうぞよろしくお願いしますね。」
その板東と名乗った男性は、背が高く、笑顔が爽やかな中年男性だった。スーツの着こなしが堂に入っていて、清潔感が溢れていた。
「すてき。」ユウナが言った。
「ユウナ、あんな男性が好み?」
「あんな人に誘惑されたら、彼氏がいても突っ走っちゃうかも。」
「そんなに?」真雪は笑った。
板東は真雪たち20人ほどの実習生が14日まで一週間、ここで過ごす全体の責任者だった。水族館のスタッフを仕切り、てきぱきと指示を出し、自らも身体を進んで動かす男だった。実習生の誰もがキレる男という印象を持つのに十分だった。
「ああいう人が本当に『デキる』人なんだよね。」真雪が言った。
「うん。すっごく頼りがいがあるし、実際に頼れるよね、あんな上司だったら。」
「ここが宿泊棟です。社員寮の一角です。ドアにそれぞれの名前札が貼ってありますので、確認して荷物を置いてきて下さい。」例によって板東が過不足ない指示を出した。
初日、さして大きな実習もなく。オリエンテーションと二つの講義で一日のプログラムを終えた。
ユウナと一緒に食堂で食事を済ませた後、真雪はシャワーを浴びた。部屋に戻ってきた時、軽い疲労感を覚えていた。彼女はバッグからケータイを取り出した。
「あ、龍から着信ありだ!」
真雪は急いで短縮ダイヤルのボタンを押すと、ケータイを耳に当てた。
「龍!」
『真雪っ!ああ、やっと声が聴けた。どう、そっちは。』
「うん。初日だからね、気疲れしちゃった。」
『今日は早く寝なよ。』
「うん。そうする。で、龍の方は?」
『今日さ、写真部の仲間と白鳥を撮りに行ったんだ。』
「ほんとに?でも白鳥って言ったら・・・。」
『そう、電車で30分かけて隣町の湖までね。』
「へえ。で、いい写真が撮れた?」
『動物の写真って、難しいよ。俺、自分の腕の技量のなさに情けなくなったよ。』
「そんなことないでしょ。」
『でさ、その時カスミ先輩におにぎりもらっちゃった。』
「え?カスミさんに?なんで?」
『俺が、行った先で腹減った、ってずっと言ってたからかな。』
「もう、だめじゃん。先輩に迷惑掛けちゃ。」
『カスミ先輩、俺が写真部に入ってから、何かと世話を焼いてくれてる、って言ったよね。俺にはすっごく親切なんだ。他のヤツにはそっけないくせにさ。』
「・・・・そうなの。」
『ん?どうかした?真雪。』
「ううん、何でもない。明日からまた学校でしょ?」
『うん。』
「授業にはついていってる?」
『もちろん。ちゃんと。でも今一番楽しいのは写真部だね。気の合う連中ばかりだし。』
「・・・良かったね。」
『カスミ先輩以外の先輩たちもみんな優しくしてくれる。真雪も実習がんばってね。』
「う、うん。がんばる。龍も、しばらく会えないけど、我慢してね。」
『わかった。』龍はそれだけ言うと通話を切った。
真雪はケータイを閉じて、一つため息をついた。